桃香のお仕事 7
桃香は途中帰宅を命じられたから、リリカを連れて一緒に帰ることになったようだ。帰りの電車でもまた、行きと同じように桃香がバッグの中に顔を突っ込んで話していた。それほど大きなハンドバッグではないのに、桃香の顔が小さいからか、すっぽりと収まっていた。
「ねえ、そのバッグに顔突っ込むやつ、周りの人から不思議な目で見られると思うから絶対やめた方がいいわよ」
「平気だよぉ。モモカ、空気が読めないの自覚してるから、ちょっと変わった目で見られるくらい大丈夫だよぉ」
エヘヘ、と桃香が笑ったけれど、リリカは笑えなかった。リリカのすぐ横に入れられているキャンディのゴミ袋から漂ってくる匂いや、バッグに染みついてしまったオレンジジュースの匂いの中で、リリカは尋ねた。
「その空気読めないっていうの、誰かに言われた言葉なの?」
「え? どうしてそんなこと聞くの……?」
「どうしてっていうか……」
事実を説明しようとしたら、桃香が陰口を言われていたことを伝えないといけなくなるから、躊躇した。だけど、先に桃香が困ったように笑った。
「あ、そのオレンジジュース今日出る時までは入れられてなかったから、もしかして、リリカちゃんがいた時に何か嫌がらせされたりしたかなぁ……? リリカちゃん、もしかして、何か嫌な思いしちゃったのかなぁ……」
「わたしはされてないわ……。ただ、桃香のバッグにゴミを捨てられたりして……」
本当はされたけれど、桃香に変に気を使わせるのも癪だから、否定はしておいた。
「空気読めないっていう話はそこで聞いちゃったんだねぇ……」
えっと……、と曖昧に返事をしたのに、桃香はもう確信しているみたいに「そっかぁ」と小さく声を出した。
多分桃香があまり触れてほしくない話だと思ったから、リリカはそれ以上何も聞こうとはしなかった。それでも、桃香は続ける。
「なるほどなぁ……。それでモモカの履く靴に入れられちゃったのかぁ……」
桃香が悲しそうに呟いた。肯定も否定もできずに「まあ……」と曖昧な返事をしたら、桃香が小さくため息をついた。甘い吐息がリリカの体いっぱいにかかって、少しくすぐったかった。
「やっぱり嫌がらせされちゃってたのかぁ……。ごめんねぇ……」
桃香の瞳が潤んで泣き出しそうだった。その後すぐにバッグから顔を引っ込めてファスナーを閉めてしまったから、桃香が泣いているのかどうかもわからないけれど、少なくともリリカのことを心配している様子ではあった。
「根は悪い子じゃないのよね……」
暗くなったバッグの中で小さく呟いた。嫌がらせを受けてしまったリリカのことを、自分のことのように心配していた。まあ、そもそも桃香が無理やり外に連れ出さなければこんなことにならなかったというのは否定できないけれど……。
しばらく電車に揺られた後に、今度は桃香の歩行ペースと連動したバッグの動きに合わせて揺られる。桃香の歩行ペースは一定のテンポを保っていて、なんだかゆりかごに揺られているみたいで、心地よかった。
今日はアカリと喧嘩をしたり、猫に咥えられたり、桃香を含めた巨大なモデルの子たちに弄ばれてしまったり、いろいろなことが起きすぎた。すっかり疲れ切っていたせいで、バッグの中でハンカチをベッドにして涎まで垂らして無防備に寝てしまっていたリリカが目覚めたのは、桃香の部屋の照明の光を浴びた時だった。




