桃香のお仕事 6
「リリカちゃん、無事で良かったぁ」
ブーツの中からこっそり回収してもらったリリカは、お手洗いの個室で桃香に頬擦りをされていた。柔らかい桃香の頬に全身を撫でられて、くすぐったかった。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいから、やめなさいよ!」
「だってぇ、モモカ、ホッとしたんだもぉん。あのままリリカちゃんのこと踏み潰しちゃってたら立ち直れなくなっちゃうよぉ」
心底からの安堵の笑みを浮かべながら桃香が言う。
「怖いこと言わないでよね」と呆れたように言ったけれど、今回は一歩間違えたら本当に踏み潰されてしまっていたのだから、桃香のいう通りだった。
「モモカ、慌ててたからぁ。いつもの癖で控室にバッグ置いてきちゃったけどぉ、悪戯とかされてないかなぁって、心配になっちゃんたんだぁ。いつもは中身を取られたり、嫌なことされても良いように事務所支給のものしか入れてなかったんだけどぉ、今日はリリカちゃんがいたから、心配だったんだぁ。途中で気づいてからは、もう撮影どころじゃなかったよぉ。様子見にいきたかったのに、遅刻しちゃったから全然抜けられなくて、見に行けなくて困っちゃったぁ。ずっとリリカちゃんのことばっかり考えてたから、ブーツの中にいたの触れた瞬間に、リリカちゃんだってすぐにわかったんだぁ」
桃香が少し照れくさそうに笑ってから、俯いた。
「でも、ごめんねぇ……。モモカの足、その……臭くなかった……?」
いつも言葉と感情がチグハグで何を考えているのかわからなかった桃香が、珍しく顔を赤くして、ストレートに羞恥の感情を表に出していた。
桃香にも恥ずかしいという感情があるのかと思うと、なんだか少し微笑ましくなったし、親近感が湧く。ブーツに入れられたリリカが完全な被害者かと思っていたけれど、桃香も被害者みたいなものなのかもしれない。リリカだって、もし自分が桃香くらい大きかったら、アカリやアミに間近で自分の足の臭いを嗅がれるなんて絶対に嫌だもの。
「大丈夫だったわ。無味無臭よ」
本当はちょっとだけ汗の臭いがしたけれど、そこは気を使っておいた。
「え? 無味って、桃香の足食べちゃったのぉ……?」
「食べるわけないでしょ! 冗談に決まってるでしょ!」
「そっかぁ。よかったぁ」
えへへ、と笑った桃香の笑顔がとても可愛らしくて思わず見惚れてしまう。
「ていうか、桃香ってモデルやってたのね。なんだか凄いわ」
桃香は中身はドジっ子で子供っぽくて、少しぶりっ子な気のある不思議ちゃんだけど、見た目に関してはとても強い。クラスの中心でみんなから愛されてそうな雰囲気だから、ギャップには驚かされた。中身だけ見たらモデルをやっていそうな雰囲気はないけれど、見た目だけなら、たしかに理解はできた。
「別に、凄くないよぉ……。先輩が勧めてくれたから、応募してみたら、最終選考まで残っただけだよぉ」
「最終選考ってことは合格はしなかったの?」
「受けたところはダメだったけど、代わりに今の事務所が取ってくれたんだぁ。それで、いろいろと縁あって、雑誌の専属モデルにもしてもらえたの」
桃香は少しだけ誇らしそうに自分の歩んできた道について語った。
「でも、モモカなんかよりも、リリカちゃんの方がずっと可愛らしいから、リリカちゃんだって、きっと受けたら受かってたよぉ」
「わたしの大きさでも載れる雑誌なの?」
桃香が首を横に振った。
「じゃあ、ダメじゃないのよ」
「モモカの肩に乗って、一緒に撮ったら良いよぉ。モモカ、髪の毛クルクルにしてるから、体に巻いたら落ちにくいよぉ」
エヘヘ、と桃香が笑う。
「いや、遠慮しておくわ。わたし別にモデルに興味ないし……」
「えー、残念。モモカ、リリカちゃんがいたらお仕事行くのも嫌じゃなくなったのにぃ」
冗談っぽく笑いながら言っているけれど、リリカの脳裏には先ほど桃香のバッグにゴミを入れていたり、リリカのことを桃香の履く予定にしていたブーツに入れたりした子たちのことが浮かんでいた。




