桃香のお仕事 2
「ねえ、モモカのバッグの中、快適ぃ?」
「快適なわけないでしょ! いっぱい物が降ってくるし! あんたがいっぱい揺らしながら歩くし、とっても危ないわよ!」
「えぇ〜、でもリリカちゃんはモモカが歩いてるけで、目的地につけるんだよぉ? ちょっとくらい不満があっても我慢してよぉ」
「わたしは勝手に連れてこられてるだけで、わたしの目的地はプティタウンなの!」
「プリンタウン?」
「違うわよ。プティタウン! わたしの家。そこから来たの!」
「そうなんだぁ。ちょっとスマホで調べてみるねぇ! もしかしたらリリカちゃんのお家、見つかるかもぉ!」
たしかにスマホで調べれば見つけられるかもしれない。ここに来て、一気に進展しそうだと思い、リリカはちょっとだけ元気にが出てきた。早く帰ってアカリに会って、思いっきり抱きつきたかった。
そんなリリカの元に、桃香の大きな手が近づいてくる。
「ちょ、ちょっと、何よ!」
「スマホ取らせてねぇ」
桃香は無意識のうちにリリカのことを手の甲でバッグの端に押し付けてしまった。
「ちょ、ちょっと……! 苦しいってば……!」
身動きを取れなくなってしまったリリカがなんとか喉の奥から声を絞り出す。
「どうしたのぉ?」と呑気な声で尋ねている桃香にはやっぱり悪気はないらしい。
「何もないわよ……。とにかく、早くスマホを取っちゃって」と呆れた声で伝えてから、小さく咳払いをした。
「早く調べてよね……」
「なんだっけ、町の名前? プリンの後」
「だから、プリンじゃなくて、プティ……」
そこまで言って、リリカは一旦言葉を止めた。
今リリカは電車に乗っているわけで、そんなこと迂闊に言っても良いのだろうか。例えば桃香のすぐ横に座っている人が小人への嗜虐趣味でもあって、リリカだけでなく、プティタウンに住む仲間ごと襲われてしまったりしたら……。
「ねえ、桃香。後にしてもらってもいいかしら?」
「どうしたの? すぐ調べたら今日のお仕事の終わりに寄れるよ?」
「今電車の中でしょ? 人いっぱいいるんでしょ?」
「いっぱいはいないよ」
「でも、近くに誰か人はいるんでしょ?」
「うーん、人はいたけど、リリカちゃんと話し出してから、わたしの両隣に座っていた人はどこかにいっちゃった」
多分、小さなリリカと喋っていたのが他の乗客からは見えなくて、一人で喋り出した変わった子として認識されたのだろう。それで、人が逃げてしまったに違いない。
「けど、同じ車両に人はいるんでしょ?」
「いるよぉ」
「じゃあ、後にしてほしいわ。わたしの街のこと、他の人に知られたくないから」
桃香に首を傾げられたけれど、極力人にバレたくはなかった。自分が帰るためには仕方がないとはいえ、桃香に伝えるのだって、本当は嫌だった。桃香のことだから、場所を知ってしまったら悪気なくプティタウンの入り口から手を突っ込んで建物とか壊しちゃいそうだし。
「じゃあお仕事終わってから調べるねぇ。……って、もうモモカの降りる駅だぁ!」
桃香の顔がバッグから引っ込むと、勢いよくファスナーが閉まり、光が遮られる。また真っ暗になった。
「もうちょっとゆっくり閉めなさいよ! わたしが挟まっちゃったらどうするのよ!」
バッグの中でプンスカと怒るリリカのことを気にする様子はなく、また桃香はバッグを大きく揺らしながら、走っていったのだった。
「ああ、もう! だからもうちょっとゆっくり移動してってば!」
飛び跳ねるスマートフォンから必死に身を避けつつ、リリカは叫んでいた。




