桃香のお仕事 1
桃香が移動している間、リリカはバッグの中で大きく揺られていた。
「も、もうちょっと気を使って歩きなさいよ!」
走って移動しているせいもあって、まるでロデオみたいに大きく振り回されてしまっている。とりあえず慌てて財布の端にしがみついて、振り回されないように耐えていた。
「ちょ、ちょっと、危ないから! ゆっくり移動してよね! わぁっ、リップクリーム倒れてきてるから!!!」
いろいろなものが跳ね回ってきていて、リリカは怖くて声を出しているけれど、バッグの外に声は聞こえていないようだった。スマホやリップクリームや定期入れ。なんなら、食べ終わった後の飴やガムの包み紙まで跳ね回っている。
「なんでこんな適当にお菓子のゴミをバッグの中に入れてるのよ! もっとちゃんと整理しなさいよね!」
適当に鞄に詰め込まれたものが、桃香が歩くたびにリリカのことを襲っていた。
「うまく運べないんだったら、わたしのこと連れて行こうとしないでってば!」
さっきから桃香から声が帰ってこないこと前提でバッグの中で騒ぎまくっていた。
「もうっ、ほんっとにあの子ガサツすぎるわ!」
顔に被さってきた飴の包み紙を慌てて取りながら、リリカは叫んだのだった。
桃香が慌てて電車に飛び乗ってからは、ロデオみたいな動きはおさまり、ガタゴトと規則的に揺れていた。動きが穏やかになり、少しだけホッとする。
「そういえば、お仕事って言ってたけれど、あの子何の仕事をしているのかしら?」
パッと連想したのは、ファミレスでガチャガチャと大きな音をたてながらお皿を重ねて片付けているシーンだった。なんとなく、慌ただしくホールを駆け回っていそうなイメージだった。
(でも、わたしへの対応見た感じ、うっかりミスもいっぱいしてそうな気がするなわね……)
そんなことを考えていると、突然バッグの上から光が入ってくる。
「大丈夫かなぁ? リリカちゃん潰れてなぁい?」
桃香が不安そうに覗き込んでくる。バッグの中に顔を突っ込むみたいに覗き込んでくるから、少しびっくりした。
「そう思うんならもっと静かに運びなさいよ!」
「ごめんねぇ。モモカ、お仕事の時間に遅刻しちゃってて、急がないといけなかったからぁ」
バッグの外の様子はわからないけれど、規則正しい揺れとか、電車の走行音とかが聞こえ続けているから、まだ電車の中にいるんだと思う。こんなにも普通の調子でバッグの中に話しかけていたら、外から見たら一人で喋っているように見えるんじゃないだろうか。
リリカたち小人の存在はそれなりに周知はされているけれど、まだまだ珍しい存在だから、バッグの中に小人が入ってると考える人も多分少ないし。
(まあ、桃香が一人で喋ってると思われても、わたしの知ったことじゃないから別にいいんだけど……)
とはいえ、頭上の全てを人の顔が埋め尽くすというのは、いくら可愛らしい桃香が相手とはいえ、少し怖い。
「ねえ、ちょっと怖いから覗かないでよ。ていうか電車の中でハンドバッグに顔突っ込むの、周りの人から変わった人と思われちゃうわよ?」
「だって、リリカちゃんのこともっと観察したいんだもぉん」
「観察って、わたしはペットじゃないわよ!」
「知ってるよぉ。リリカちゃんは可愛い小人さんだよぉ」
「なら、観察しないでよね」
「眼福だよぉ。嫌なことも忘れられちゃう」
「……何よ、それ」
無邪気に喜ばれて、悪い気はしなかった。もっと言いたい文句もあったけれど、少し勢いは弱まった。
桃香は楽しそうに、さらにリリカに顔を近づけた。小さなリリカでも手を伸ばしたら鼻先を触れられそうなくらい近くに顔を突っ込んでるから、多分周囲の人からはバッグの中に顔を突っ込む不思議ちゃんと思われているに違いない。いや、思われているというか、中にリリカが入っていることを考慮しても、不思議ちゃんなのは否めないかもしれないけど。




