桃香の家にて 4
「酷いわ……」
体を包まれてる大きなハンカチで、目を拭いながら桃香に訴えかけていた。すぐに掬い上げてもらったから、火傷にはなっていなかったけれど、痛みはあった。
「だから、人間って嫌いなのよ。みんなわたしに意地悪ばっかりするんだもん……」
大泣きをしているリリカを桃香が申し訳なさそうに見つめていた。
「小人さん、ごめんねぇ……」
「だいたい、わたしの名前は小人じゃない、リリカよ」
「リリカちゃん、ごめんねぇ……。モモカ、意地悪しようと思ったわけじゃないんだよぉ……」
「思ってなくても、いっぱい意地悪してるじゃないのよ!」
ムッとはしたけれど、桃香の主張は理解できた。桃香はどこかズレてはいるけれど、迷子になったリリカのことを連れて帰ってくれたし、吐瀉物のついたワンピースだって躊躇せずに洗ってくれたし、外から帰って体を洗ってくれようともした。
多分根は悪い子じゃないのだと思う。それでも、桃香の行動は人間嫌いのリリカにとっては苦痛でしかなかった。
「ごめんねぇ……」
桃香も可愛らしい顔を曇らせていた。あんまり文句を言っても可哀想かもと思っていると、桃香がまた口を開いた。
「モモカ、とっても鈍臭くて、いつも失敗ばっかりしちゃうんだぁ……」
そう言って、今度は桃香がグスン、と手の甲を目元に当てて、あざとい格好で泣き始めた。芝居がかった可愛らしい泣き方だったから、初めは嘘泣きだと疑ったていた。涙がポタポタとリリカの足元を濡らしていく。本当に涙まで流すなんて、器用に嘘泣きをする子だと思ったけれど、そんなことをするメリットは桃香にない気もする。
「何よ……? 突然嘘泣きなんかしてどうしたのよ?」
「嘘泣きじゃないよぉ」
「本当に泣いてるのだとしたら、あまりにもあざとすぎると思うわ」
「知らないよぉ。桃香、ずっとこんな泣き方だもぉん」
「だいたい、本当に泣いているとしても、あんたが泣いてる意味がわからないんだけど!」
「モモカ、リリカちゃんと仲良くしたいのに、嫌われちゃってるんだもぉん。リリカちゃん、とっても可愛いから、仲良くしたいのにぃ」
「そんなこと言われても知らないわよ……」
一方的に友達になりたいと宣言されても、リリカは人間が苦手なのだから、そんなの拒むに決まっている。とはいえ、友達になりたいなんて、子どもみたいな無邪気な希望を雑に払いのけるのも、少し罪悪感はあった。桃香の方が大泣きを始めてしまったせいで、リリカの方の涙はすっかり乾いて、いつの間にか冷静になっていた。
「あんた何歳なのよ?」
部屋の周りをゆっくりと見回すと、かけてあるのはセーラー服のようだったから、この子はおそらく中学生か高校生。見た目は大人びていて、クールと可愛らしさ、両方を兼ね備えていてカッコいいのに、性格はかなり子供っぽい感じだった。
「15歳だよぉ」
「ふぅん。じゃあわたしと1つしか変わらないのね。14だから」
「リリカちゃん、もっと子どもと思ってたぁ」
「……仲間からもよく言われるわ」
同じくらいのサイズの子たちから見ても幼い顔つきらしいし、同族の中でも小柄だから、よく小さな子どもと間違えられていた。
「歳が近いんだったら、やっぱりお友達になれそうだねぇ!」
「わたしはなりたくないから」
不機嫌な声でそう言うと、桃香はまた大きな瞳を潤ませていた。ちょっと可哀想になってしまって、リリカは慌ててフォローを入れる。
「べ、別にあんたのことが特別嫌いって訳じゃないわよ。ただ、ちょっといろいろあって人間が苦手なだけ。わたし、大きな人は怖いのよ……」
「そっかぁ……」
口調は普段通りのんびりしていたけど、表情はは寂しそうだった。
「じゃあ、リリカちゃんのお家見つけたらサヨナラなんだねぇ……」
そうね、とそっけなく言ったら、桃香はやっぱりしょんぼりとして、静かになってしまった。
桃香に悪気がなかったことがわかったからか、それとも年齢が近くて親近感が湧いたのかはわからないけれど、桃香のことは初めに道であった時ほどは嫌悪感はなかった。まあ、無邪気な暴力ほど恐ろしいものはないから、まだまだ警戒しないといけないのだけど。
動かない方の足をさすりながら、リリカが桃香の寂しそうな顔を見上げていたら、桃香のスマホが突如音を立てた。
うるさっ、と叫んでから、リリカは慌てて両耳を塞いだ。大きなスマホから流れる音は、放送用のスピーカーみたいでかなり大きかった。
「あ、マネージャーさんだぁ。なんだろぉ」
いつの間にか泣き止んでいた桃香が、呑気にスマホを手に取った。




