恐怖の来訪者 1
沙希さんがいなくなった室内はビックリするくらい静かになった。沙希さんがいると、とても小さく感じられたスタジオは、今は同じ場所とは思えないくらい広い場所に感じる。
元々4畳半分くらいのスペースの沙希さんの家のスタジオは、当然人間が使うことを想定されているから、机の上にアカリがいるにもかかわらず、まるで無人になってしまったかのような感覚になってしまう。何もない、誰もいない部屋のはずなのに、机の上に自分が存在していることに、アカリは不思議な感覚を覚えてしまう。人間用の部屋というのは、アカリのことを気遣ってくれる人間がいなければ、とても大きくて不気味な場所であることに気がついた。
トコトコと机の端まで行って下を見ると、思っていたよりずっと高くて思わず足がすくんでしまう。怖くなって、思わずその場に座り込んでしまった。こんな高いところに柵も何も無い状態で立っていられない。ずっと下の方にある足の部分にキャスターが付いている机は、まるで崖の上みたいで、誤って落ちてしまえばただでは済まなさそうだ。
深く考えずに一人で残ってしまったけど、もし何かあってもこの断崖絶壁の机という名の孤島から逃げ道もない。悪い人間が来てしまったらアカリに逃げ場なんてないのだ。そう考えると、どんどん不安の感情が押し寄せくる。もし、リリカや、アミさんみたいに怖い目に遭わされたらどうしよう、と嫌な考えがどんどん浮かんできてしまう。沙希に言って一緒に連れて行ってもらえば良かったと、今更後悔してしまっていた。
「沙希さん早く帰ってこないかな……」
できるだけ机の真ん中の方に向かうために歩きながら、俯きがちにぼんやりと呟いた。不安な感情に浸っていると、突如ガチャガチャと鍵が開く音がしてドアが開く。沙希さんにしては戻ってくるのが早すぎる気もするが、早く帰ってきてくれるのならば、それに越したことはない。
「沙希さん、おかえりなさ……」
だけどドアを開けて入って来たのは沙希さんではなかった。会ったことも喋ったこともない子だけど、その姿には少しだけ見覚えがあった。沙希さんのSNSのアカウントに画像が載っていた、アカリの次に人気のあった少女にそっくりな子が立っていたのだった。
「あれ? 沙希は外出中かしら?」
まだ10代半ばくらいの、アカリとそんなに歳が変わらなさそうな少女だけど、社会人の沙希さんのことを呼び捨てで呼んでいるから、相当親しい関係なのだろうと勝手にアカリは予想した。
「さっきの沙希さんのSNSに映っていた子っぽいけど……」
少女は入り口から机の近くまでをほんの2、3歩で歩いてくる。入り口付近にいたときは全身を把握できだけど、机の近くに来られてしまうと、少女の姿を確認するには見上げなければならなかった。下から見上げる状態では、沙希さんの写真に写っていた角度とは違いすぎて、本当に同一人物なのかどうかを確認ができなくなってしまう。人間風に例えれば、遊園地の外から全貌の見える状態の観覧車と、実際に乗るときの下から見上げる観覧車が別物に見えるのと同じように、アカリの視線から見上げていると、全く別物に見えてしまっていたのだった。
「まあ、いいわ。少し待ってみて、来なかったら帰ろっと」
そう言って、少女が机の上に勢いよく荷物を置こうとしたので、慌ててアカリは身をかわした。あんな重たそうなものに押し潰されたらタダでは済まない。なんとか身をかわすと、ドンっという重量感のある音を立てて、アカリの体とは比べ物にならないくらい、大きくて重たいスクールバッグが机の上に置かれた。その反動で体が宙に浮き、思わず「ヒャッ」と声を出してしまった。高い机の上から落とされたら大変だから、なんとかカバンの紐を掴んで、落ちないようにする。バレないように隠れようと思ったのに、隠れるよりも先に少女に先ほどの驚いた時の声を聞かれてしまっていたらしい。
「え? 誰かいるの?」
声がした机の上にパッと視線を向けて、アカリの方を見つめる少女とはばっちり目が合っていた。アカリはマズいと思いつつもどうすることもできず、ただ硬直してしまっていた。