桃香の家にて 3
「じゃあ、洗面器使うねぇ!」
「へ?」
今度はお風呂場に行き、洗面器に水を注ぎだした。
「何するつもり?」
「何って、洗うんだよぉ。ちょっとだけ息止めといとねぇ」
「へ? ちょっと、やめなさ——」
桃香が両手で持ったリリカを勢いよく水の中に浸けた。そして、リリカの体を優しい手つきで撫で出す。脇腹や、お腹、足の辺りまで入念に洗われてしまい、こそばゆかった。だけど、それ以上に、まともに準備もせずに水に浸けられてしまって苦しくなる。そして、とても冷たい。2、30秒ほどして一度水の外に出されたときに、リリカが大きな声で怒鳴る。
「ちょっと! 冷たいし、苦しいしふざけないでよ! わたしは野菜じゃないのよ!」
「冷たかったかなぁ?」
「当たり前でしょ! 水よ! わたしはいきなり水に浸けられたの!」
「プールみたいで気持ちい良いかなぁって思ったんだけどぉ」
「プールの季節じゃないでしょ!」
「ちょっとだけ我慢できなぁい?」
「無理よ。凍えちゃうわ!」
「我儘だなあぁ」
「バカ! あんたも一回冷水に体浸されてみなさいよね!」
桃香がめんどくさそうにお風呂場の蛇口の赤い方を捻って、洗面器に継ぎ足していく。蛇口を捻るだけでこんな簡単に水が出てくるのなら、あんな冷たい思いはしなくてよかったのにと思うと、ムッとしてしまう。
「何よ、簡単にあったかいお湯出てくるんじゃいのよ!」
「とりあえず、お湯が溜まるまで体洗うねぇ」
ムッとするリリカのことは気にせず、桃香がリリカの体にボディソープを塗り始めた。
「ちょ、ちょっとやめなさいって。くすぐったいから!!」
桃香の柔らかい指が体中を滑っていく。こそばゆさにやられて、笑いが止まらなくなってしまっていた。桃香の指で固定されているからうまく動けないけれど、動かせる範囲で手足をバタつかせる。くすぐったさにジッとしてはいられなかった。
「じっとしててくれないと、上手く洗えないよぉ」
桃香が作業を進めていき、すぐに体中が泡に包まれてしまった。
続いて、桃香はボディソープを髪の毛にも塗っていく。
「ちょっと、やめてってば! 髪の毛はちゃんとシャンプーにしてよ!」
「ちっさくて上手く塗れなさそうじゃん」
「自分でやるからシャンプーだけ貸しなさいよ!」
「わかったよぉ」と言って、桃香がシャンプーをプッシュしたら、手の上から逸れたらしい。勢いよく発されたシャンプーが、リリカの足元に注がれた。
「へ? ちょっと、やめなさいよ!」
ツルツルする地面に片足で立つなんて無理だ。思いっきり体を打ち付けてしまう。そのまま、洗面器の横からツルツル滑りながら、排水溝の方へと向かって行ってしまう。
「や、やめてよ! 早く助けてよ! 流されちゃう!」
ゴボゴボと音を立てる排水溝に、抗えない。目に涙を浮かべながら、必死に助けを求めた。
「ご、ごめんねぇ」
桃香は慌ててギュッとリリカのことをつかんだけれど、ボディソープとシャンプーでニュルニュルしているせいで、上手く掴めなかったらしい。
わっ、と言って手を離した先にあったのは、すっかりお湯でいっぱいになって湯気が出ている洗面器。バシャっという大きな音を立てて、リリカが沈んだ。
「あ、お湯止めてないからあついかもぉ……」
「熱い! 熱いわ! 早く掬い上げてよ!!」
「ごめんねぇ……、って熱いよぉ!」
手を入れた桃香も熱そうだったけど、そこに全身で浸かったリリカはもっと熱い。火傷はしなかったけれど、人が浸かっていい熱さではない。リリカは大泣きしながら、ハンカチと保冷剤に包まれて、再び桃香の部屋に戻されたのだった。




