消えたリリカ 3
アカリが踏み出したのと同時に、後ろからとても大きな声が聞こえた。
「ダメ!!!!!」
アミさんが思いっきりアカリに抱きついて、後ろに体重をかけて、落下を防ぐ。アミさんが勢いよく机で背中を打ってしまった際に聞こえた「痛っ!」という小さな悲鳴を聞いて、アカリは我に帰った。
「あ、あの……。アミさん大丈夫ですか!?」
強く背中を打ったから、咳き込みながら横たわっていたから、慌てて背中をさする。
「ご、ごめんなさい、アミさん……」
「謝る相手はわたしじゃないでしょ?」
「え?」
「アカリちゃんがいなくなっちゃたったら、リリカちゃんが見つかった時に、誰を頼ればいいと思ってるのよ!」
珍しくアミさんが怖い顔でアカリのことを睨んだ。
「リリカちゃんのこと探すのは大事だけど、自分が危ない目に遭ったらダメよ!」
「で、でも……。リリカのこと探すには、机の下まで行かないと……」
「もし仮に落ちてしまっているんだとしても、闇雲に下にいってはダメだわ」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですよ! 今もリリカは暗闇で一人泣いているかもしれないんですよ! それに、机の下には虫もいるかも……」
一人で怯えているリリカのことを考えて、アカリは泣きたくなってきた。きっととても怖い思いをしているに違いない。
「やっぱりわたしが……」
「落ち着きなさいってば!」
アミさんが強い口調でアカリを制した。
「一旦中に戻るわよ」
「中に戻っている場合じゃないです……」
「いいから!」
アミさんが強い力でアカリの手首を掴んで強引にプティタウンに戻る。華奢なアミさんの体のどこにこんなにも強い力があるのだろうかと思い、不思議になる。
アカリのことを気にせず、アミさんはひたすら前に進んで行った。一体室内に戻って何をするつもりなのだろうか。何か心当たりでもあるのだろうか。
わからないままついていったら、結局アミさんの部屋まで戻ってくる。アミさんの握っている手に汗が流れていたから、きっとアミさんも内心では慌てているのだろう。それでもアカリに優しく手を差し伸べてくれるアミさんはとても優しい。
部屋に戻ったアミさん、すぐに携帯電話を手に取った。重たいし、音も大きい携帯電話を机の上に置いてから、急いでかけた相手は愛菜さんだったらしい。
『どうしたー?』と間伸びした声が聞こえる。
「愛菜、ごめん、今大丈夫?」
『あたしの声が恋しくなったかー』と楽しそうな声が聞こえてきたけれど、アミさんが真面目な雰囲気を崩そうとしなかったから、愛菜さんの声のトーンが重たくなった。
『どうしたの? 何か困ったことでもあったの?』
「……リリカちゃんが行方不明なの」
電話から息を飲む声が聞こえた。
『すぐ行くね』と言って、愛菜さんはすぐに電話を切ってしまった。愛菜さんとの電話を終えた後、アミさんはアカリの方を見た。
「わたしたちでは探せないところでも、愛菜なら見られるところもあるから」
力強く言い切ってくれたアミさんはとても頼もしかった。
それから10分ほどしたら、息を切らせた愛菜がやってきてくれた。
「アミ、とりあえず状況教えて!」
アミさんが出入り口を開ける前から愛菜さんが睫毛エクステをつけた大きな瞳をジッとプティタウンの外から覗かせていた。
小さな出入り口のドアを開けながら、アミさんは愛菜さんに声をかける。
「ねえ、愛菜。とりあえずわたしたちのこと机の下まで下ろしてもらってもいいかしら?」
「もちろんだよ」
エレベーター代わりにして申し訳ないと思いつつも、今はそんなことを言っている場合ではなかった。愛菜さんはアカリとアミさんが手のひらに乗るのを待たずに、左右の手のそれぞれででアカリとアミさんのことをギュッと掴んだ。普段からアミさんを掴み慣れているのだろうか、しっかりと掴まれているのに、全然苦しくなかった。そのまま優しく地面に降ろされる。あれだけ遠くに見えた地面には、愛菜さんの手を借りれば何も労せずたどり着けた。
「リリカー! いたら返事して!」
「リリカちゃーん」
アカリとアミさんはそれぞれ別方向に分かれて机の下を捜索する。愛菜さんも四つん這いになって捜索を始めた。間違って上から手のひらを乗せて潰してしまわないように、手を床にくっつけたまま、滑らせながら探してくれている。
「リリカちゃーん!」
リリカさんの声はわたしたちよりもずっと大きいから、部屋中に響き渡った。きっと、この部屋にいたら、どこにいてもリリカに届いてくれるだろう、とても心強い声。
広い場所は愛菜さんに任せて、人間の視線から見えづらい隙間はアカリとアミさんで一緒に探した。
「アミさん、いましたか?」
アカリが涙目で尋ねたけれど、アミさんはゆっくりと首を横に振った。
「ダメだ、あたしも見つけられなかったや……」
愛菜さんも申し訳なさそうに答えた。必死に探してくれている2人の前で泣いてしまうのは申し訳なかったけれど、それでも涙は止められなかった。アミさんがそっと頭を撫でてくれた。
「とりあえず、一度戻ろっか」
アミさんに体を支えられながら、帰りは愛菜さんの手のひらに乗って戻る。万策は尽きた。プティタウンの置いてある部屋は、人間が使う部屋だから、扉は人間にしか開けられないはず。だから、リリカが出ることはできない。そもそも、人間嫌いのリリカがわざわざ人間がたくさんいるところに出るはずがない。
アカリは途方に暮れて、ため息をついた。
「どうしよう……」
「わたしは愛菜と一回この辺りの外探してみるね」
「多分外にはいないと思います……」
アカリは泣きじゃくりながら答えた。
「一応動いてないと、なんか変な感じするからさ。アカリちゃんは一旦中で待機しておいて」
それ以上何も答えなかった。アミさんと愛菜さんは外に出て行き、アカリは中に戻る。
もしかして、何かの間違いで家の中にいないだろうかと思って、ゆっくりと家の中を何度も見回したけれど、やっぱり中は空っぽのままだった。




