リリカの大冒険 6
「もっと丁寧に置きなさいよ!」
抗議の声を上げたけど、当然桃香が聞く耳なんて持つわけがない。
リリカの声を無視して、「じゃぁね」と声を出した桃香はその場で立ち止まっている。桃香が何を考えているのかはわからないけれど、ようやく解放してくれたのは事実だ。リリカは桃香から背を向けて歩き出した。ピョンピョン跳ねながら小さな小さな歩幅で、一歩ずつ進んでいく。
「小人さんが一生懸命進んでも、モモカの一歩分も進めてないんだよぉ?」
呆れたように言い放ってから、桃香が半歩ほど前に足を進めると、すぐ真後ろに桃香のヒールサンダルが現れる。
「うるさいわね。いいのよ。わたしはわたしのペースで進んでいくんだから!」
もう一度、リリカの作る影の足首の辺りから歩き続ける。たくさん進んでいるつもりなのに、やっぱりリリカの作る影からは出れそうにない。
立ち止まったままリリカの動きをじっと見下ろしている桃香の怪しい視線に晒されながら進んでいる。「あれぇ?」と不思議がっている声がしたから、動きを止めて振り向いて後ろを見る。桃香が首を傾げていた。
「もしかして、足を怪我しているの?」
影になっているし、相手は背の高い桃香だから、顔までの距離があって表情はよく見えなかった。けれど、これまでの意地悪な言動からして、弱みがバレたらきっと碌なことにならないから、聞かなかったことにして前に進む。リリカの必死の歩みをたった一歩で追いついてしまう彼女から逃げ切れるわけはないけれど、それでも少しでも距離を取ろうと前に進む。
「ねぇ……、大丈夫なのぉ?」
桃香がしゃがんで腕を伸ばしてきたから、リリカは慌てて逃げるようにして先に進む。だけど、リリカが必死に時間をかけて歩いた距離は、桃香にとっては腕を伸ばせば届く距離だったらしい。またしても、お腹の辺りを雑に掴まれて、持ち上げられてしまった。
「やめなさいよ!!」
「だって、このままだったら小人さん一人じゃ家に帰れないよぉ?」
そんなことは言われなくてもわかっているけれど、どうしようもないのだ。それに、少なくとも目の前の意地悪少女に自分の身を預けるなんて絶対に嫌だ。
「だからってあんたには関係ないでしょ?」
「関係なくないよぉ。モモカ、優しいから心配だよぉ。さっきみたいにネズミさんに食べられそうになっているところなんて見たくないもぉん。それに、見つけたのがモモカでラッキーだったよぉ。小人さん可愛いから、意地悪する人間もきっとたくさんいるもん」
「あんただってその一人じゃないのよ!」
「えぇっ!? 心外だなぁ。モモカはとある小人さんのことは見つけたら許さないから踏み潰しちゃうかもしれないけどぉ、そのほかの小人さんには優しいよぉ」
「そんな風にわたしの仲間のこと踏み潰すとか言っちゃう子のこと信用できるわけないでしょ? もう、いいから早くどっか行ってよ。わたしは一人でなんとかできるのよ。人間の手も、仲間の手も借りずに帰ってみせるから!」
リリカが大きな声で叫ぶと、桃香は渋々ながら、地面に下ろしてくれた。イライラしながら一歩を踏み出そうとした時に、目の前にトラックみたいに巨大な桃香のヒールサンダルが降ってくる。また腰が抜けて、その場で尻餅をついてしまった。
「あんたね! 良い加減にしてよ!!!」
涙目で上を見上げると、桃香は「違うよぉ」と言って、彼女の頭上を指差した。
「カラスが狙ってるっぽいから、ガードしてあげたんだよぉ」
確かに、耳をすませばカァカァと鳴き声はしていた。そのカラスたちがリリカのことを狙っているかどうかはわからなかったけれど、鳥がたくさん飛んでいるところは危険な場所であることには間違いない。
「それにぃ、今の桃香の靴、怖かったんでしょ?」
リリカが俯いて何も反応せずにいると、桃香は話し続けた。
「こっちの道は大通りに出ちゃうからぁ、たくさん靴降ってくるよぉ。逃げても逃げてもまた別の靴が降ってきちゃうよぉ?」
「じゃあ、あっちから行くからいいわよ……」
逆方向に進もうとした先にいた鳩と目があってしまい、思わずリリカの動きが止まってしまった。
「だから、この辺にはそもそも鳥さんがいっぱいいるんだってぇ」
少し困ったように桃香がリリカのことを見下ろしていた。
「別に、モモカは小人さんのこと、鍋に入れて煮込んで食べたりしないよぉ?」
「取って食ったりしないって言いたいんでしょうけど、その例え本当に怖いからやめてくれない?」
大通りの方をみると、たしかに雑踏だし、頭上にたくさん鳥はいるし、路地裏にはネズミもいる。それらと、目の前のどこか信用できない、可愛い顔した悪魔と、どちらを信用すべきなのだろうか。
「……ねえ、あなたはわたしのこと助けてくれるわけ?」
「モモカ、超優しいから怪我している小人さんのこと放ってなんかおけないよぉ」
影になっていてよく見えないせいか、笑みが少し不気味に見えてしまっているのは気のせいだろうか……。小さくため息をついてから、桃香に頼んだ。
「気は進まないけど、連れて帰ってもらっても良いかしら?」
「もちろんだよぉ」
勢いよくしゃがまれたから、風圧と、怯えで尻餅をついてしまった。
「もっとゆっくりしゃがみなさいよ! そんなでっかいものがいきなり勢いよく降ってきたら怖いのよ!」
「あはは、ごめんねぇ」と軽い感じで謝られた。こんな子のことしか頼れないなんて、ともう一度大きなため息をついてから、差し出された手のひらの上に乗った。ギュッと手のひらを握られて、リリカは真っ暗な手のなかに包まれた。ほんのり汗ばんでいて、リリカの体に桃香の汗がまとわりついてくる。
(もうっ、もっと丁寧に持ちなさいよ! 人の汗でベタベタするなんて、勘弁してよ!!)
そんなことを思ったけれど、よく考えたらリリカの方も服に吐瀉物を付けてしまっていたのを思い出した。
(……まあ、お互い様ってことで汗は我慢しておくわね)
そう思って、桃香の作り出した大きく揺れる手のひらサウナの中でしばらく移動を続けていたのだった。




