リリカの大冒険 5
「でも、小人さんって本当に小さいんですねぇ」
少女が瞳の近くにリリカのことを持っていく。こぼれ落ちそうなくらい大きな瞳がリリカのことを見つめている。さっきから言動のの全てがムカつく子なのに、パッチリした目や長いまつ毛は随分と綺麗に感じてしまった。客観的に見たら、きっとかなり美形な子なのだろうとは思った。リリカにとってはただの意地悪な子だけど。
「小さな髪飾りも付けてるんだねぇ。可愛い、もっとよく見たいなぁ」
少女がリリカを手のひらに移してから、もう片方の手で髪の毛を触って、バレッタを取ろうとするから、リリカは必死に抵抗する。
「やめてって。触らないでよ! あんたの力で取ったら壊れちゃうから!」
指を押し返そうとしても、まったく意味がなさそうだった。
「抵抗してる。なんだか可愛いなぁ。モモカの指、強いですかぁ?」
モモカと名乗る少女の指はガサツな言動とは違い、とっても繊細で、なめらかだった。日頃からかなり手入れの行き届いている手。だけど、今はリリカを無慈悲に襲う巨大で意地悪な指。
「簡単に取っちゃえますねぇ」
そのままバレッタでツインテールにしていたリリカの髪ごと掴もうとしてきた。
「やめなさいよ! 髪の毛触らないで!」
「そうだなぁ。触られたくなかったら、そのバレッタモモカの人差し指に乗せてよぉ」
このまま反抗していると、バレッタが壊れるか、リリカの髪の毛がむしり取られてしまいかねない。
「……落とさないでよ?」
素直に貸すのが一番マシかと思って、リリカは渋々ながらモモカの指に乗せた。
彼女たちの指先くらいの大きさの頭につけているバレッタだから、とても小さい。彼女の指の上にポツン置かれたバレッタは少し触れただけで壊れてしまいそうだったし、彼女のくしゃみで吹き飛んでしまいそうで、とても心もとなかった。
「すごぉい。ちっさいけどちゃんとしてるんだねぇ。もっとおっきかったらモモカもつけたかったなぁ」
彼女が瞳の目の前に指を持っていき、バレッタをマジマジと眺めていた。
「そりゃそうよ。わたしが手作りしたんだもん」
「ふぅん。手先器用なんだねぇ」
モモカがジッと見ようとするたびに指を傾けるから、その度に地面に落としてしまわないか、ヒヤヒヤしてしまう。
「もういいでしょ! 早く返しなさいよ!」
「はぁい」と間伸びした声で微笑む少女の顔がゾッとするほど綺麗で思わず背筋を伸ばした。人間の顔は下から見上げると、大抵少し崩れて見えるものなのに、この子は下から見上げても、信じられないくらい造形が整っていた。
「ねえ、あなた一体どこから来たのぉ?」
桃香が小首を傾げて尋ねたけれど、こんな怪しい子に素性なんて言いたくなかった。リリカはプイッと横を向いて、答える意思がないことを示すと、少女が「無視しないでよぉ」と言いながら、リリカのことを指で突いてくる。本人は軽く突いているだけなのだろうけど、リリカからすれば殴られているみたいな感覚を受けてしまう。
「痛いから、やめてよ!」
「答えたらやめてあげるよぉ」
呑気な調子の桃香とは違い、リリカ必死に息を荒げて声を振り絞っていた。
「し、知らないわよ! むしろわたしが教えて欲しいのに!!」
桃香のことを睨みながらついには泣き出してしまった。桃香が怖いこともあったけど、それ以上に、今自分が置かれてる状態を再確認してしまい、心ぼそさが押し寄せてくる。
「迷子なのぉ?」
リリカが両手で目を覆ってしまいると、少し声色を和らげながら桃香が尋ねた。
「……そうよ。知らない街に来ちゃったのよ」
「どうやって帰るつもりなのぉ?」
「さあ。知らないけど、きっと歩いていたらそのうち辿り着くわよ」
「ふぅん。でも、その体じゃ闇雲に歩いても時間かかっちゃうよぉ」
「そりゃかかるわよ。最悪よ」
リリカは小さく舌打ちをした。
リリカが1時間で歩ける距離は一体どのくらいなのだろうか。ただでさえ一歩がとても小さいのに、足を庇いながらの移動になるから、他の仲間よりもずっとペースは遅い。多分50メートルも移動できないだろう。
「ほんっと……どうしたらいいのよ」
「モモカが一緒にお家探してあげよっかぁ?」
そんあ甘い提案をしてきたけれど、当然答えはNOである。
「いやよ、絶対に嫌。あんたのことなんて頼りたくないわ」
ただでさえ、人間に頼るなんて嫌なのに、目の前の桃香という少女の言動はとてもじゃないけど信用できなかった。そんな人間のことを頼れる気はしなかった。
そっかぁ、と桃香がほんのり笑みを浮かべながら納得する。そして、しゃがんでから、リリカのことを鉛筆を転がすみたいに地面に傾けた手のひらから落として、地面に置いた。




