失恋確定 3
先ほど公園で打ち明けてきた綾乃さんの真剣な感情や、家を出る前に見た寂しそうなリリカの姿を思い出す。そして、アカリ自身もそこまで被写体モデルに対してのこだわりもなかった。いろいろな服を着られて楽しかったけど、やめるとしてもそこまで未練はない。
「綾乃ちゃんのことで嫌になっちゃったとか……? それともわたし、何か嫌なことしちゃったかな……?」
恐る恐る訪ねてきた沙希さんのことをしっかりと見つめながら、アカリは首を横に振る。
「どっちも違いますよ。ただ、リリカの手芸のお仕事が忙しくなっちゃったから、わたしも手伝ってあげたいなって思っただけです。それに、ずっと家にいないと、リリカのこと心配なんですよね……」
咄嗟にリリカのことを言い訳に使ってしまって、心の中で謝る。ただ、リリカの方も無理にでもアカリに外に出ないようにしたがっていたからどちらも得をする話ということで、我慢してもらおう。
「そっか、わかった。わたし、本当はもっとアカリちゃんのこと撮りたかったんだけどね。もっと言うと、リリカちゃんのことも……」
あっさりと引き下がってくれてホッとしたような、でも少し寂しいような、複雑な気持ちでいると、沙希さんは続けた。
「わたし、もうすぐ結婚してこの街を出るから、きっと今まで見たいな頻度では写真撮れなくなるんだ」
「え……」
沙希さんは優しく微笑んでくれている瞳にうっすらと涙を浮かべていた。
「本当は前から決まっていたけど、全然言えなくて……。結局ギリギリまで言えなかったんだよね……。いきなりごめんね」
「いえ、あの……。寂しくなりますね……」
突然のことすぎてどういう言葉をかければいいのかわからなかった。
アカリ自身が心の整理がつかなかったのはもちろんだけど、ついさっき真剣な顔でアカリに恋愛感情を打ち明けてくれた綾乃さんのことも思い出す。彼女はいったいそれを聞いたらどうなるのだろうか。別にアカリが彼女のことを心配する義理はないのかもしれないけれど、それでもなんとなく、綾乃さんの寂しい表情を見たくないと思ってしまう。
「綾乃さんは、沙希さんが結婚すること知ってるんですか?」
もしかしたら、沙希さんは綾乃さんには先に伝えていて、すでに綾乃さんは知った上でショックを乗り越えているのかもと淡い期待をしたけれど、残念ながら沙希さんは首を横に振って否定する。
「ううん、まだ言えてないよ……。そもそも彼氏がいることも、言ってないし」
「あぁ……」
アカリが小さな声で呻いてから、頭を押さえた。
本当はきっとマジメな子なのに、ついアカリを怯えさせてしまうほど、沙希さんのことを愛している綾乃さんはどんな反応をするのだろうか。結婚して、遠くに引っ越してしまうなんて。
「でも、そろそろ言わないといけないんだけどね……」
沙希さんは困ったように笑っていた。だけどその事実は簡単に伝えても良いようなものなのだろうか……。かといって、綾乃さんが沙希さんのことを愛していると言うことを伝えるわけにもいかないし。
そんな話をしながらも、ゆっくりと沙希さんは部屋の中を移動していく。次に見えた写真は、棚の上にオシャレな写真立てに置かれた、沙希さんと誠実そうな男の人の写真。ほとんどの写真が沙希さんが撮ったものだけれど、これは当然沙希さんの撮ったものではない。きちんとした写真館で撮った写真だった。
「これが彼氏さんですか?」
うん、と沙希さんが小さく頷いた。
「優しそうですね」
「うん、わたしには勿体無いくらい良い人だよ……」
見上げた沙希さんの顔はとてもホッとしたような表情で、彼氏さんに完全に気を許しているのがわかった。アカリ個人の思いとしては、沙希さんが幸せな結婚ができそうで本当に嬉しかった。
最後に見たコルクボードにはアカリが写っている写真が2枚ほど貼ってあった。自信作でコルクボードが満たされるほどアカリの写真は撮れていないということか。コルクボード全体の4分の1ほどしか満たしていなくて、空きスペースがかなり多い。
「アカリちゃんの写真飾る用に買ったんだけど、まだあんまり撮れてないからすっからかんになっちゃってるね……。もっとたくさん撮りたかったんだけどね」
あはは、と沙希さんが寂しそうに笑った。
スカスカのコルクボードを見つめながら、アカリが呟いた。
「あの……。前に言ってた沙希さんとわたしとリリカで写真撮る話、沙希さんが引っ越す前に実現させたいなって……」
え? と沙希さんが首を傾げた。あの時は冗談で言っていたけれど、沙希さんとの記念を残しておきたかった。
「わたしが一緒に写真に入ったら巨人みたいになっちゃうよ? まあ、みたいというか、アカリちゃんたちからしたら本当にそう見えてるんだろうけど……」
沙希さんが困ったように笑ったけど、アカリがゆっくりと首を横に振った。
「沙希さんみたいに美人さんの巨人なら素敵じゃないですか。撮りましょ。その写真、余ったコルクボードのスペースに貼ってくださいよ!」
アカリがニコリと微笑んだけど、やっぱり沙希さんは「考えとくね」と困ったように笑っていた。




