失恋確定 2
「面白いものはないけれど、寛いで行ってよ」
沙希さんがアカリのことをそっと部屋の中央にある机の上に乗せた。
沙希さんの家は6畳ほどのワンルームだった。スタジオとあまり変わらないくらいの広さの家にはあまり生活感はないようにも思えた。整理されていてとても綺麗だけど、そもそも部屋に物があまりない。机とか、椅子とか、棚とか簡単なものは置いてあるけど、引っ越してから3ヶ月くらいしか経っていない家みたいな部屋だった。
「すごい綺麗な部屋ですね」
「まあ、あんまりこの家にも帰ってないからね。最低限大事なものしか残してないし」
「え?」と驚きの声を出したけど、沙希さんはキッチンの方に行っていて、アカリの小さな声は届いていなかった。
キッチンといってもドアで区切られていないから、沙希さんが何をしているのかはよく見えた。コップと、ペットボトルのキャップを洗って中にジュースを淹れていた。
机の上に乗っていたアカリは、キョロキョロと辺りを見回した。生活感のあるものは何も置いていないけど、見上げると大きなカメラが3台ほど棚の上に置いてあった。後は、壁際にはコルクボードがたくさん置いてあって、なんだか美術館に来たみたいな気分になっていた。
「素敵な写真ばっかり……」
いつも沙希さんが撮っている写真の中でも選りすぐりのものを飾っているのだろう。遠くからぼんやりと見てもどれも綺麗で気になってしまう。
「アカリちゃん、ジュース持ってきたよ」
片手にコップ、片手にペットボトルのキャップを持って、沙希さんがやってくる。ペットボトルのキャップいっぱいに注いだオレンジジュースを器用にこぼさないように持ってくる。
「写真見せてもらってもいいですか?」
「興味持ってくれたの?」
アカリが頷いた。
「嬉しいな」
壁にかけてあるコルクボードに、アカリは自分の力では近づいて見ることはできない。沙希さんに頼んで、ゴンドラみたいに手の上に乗せて運んでもらいながら見るのが多分最適解。
いいよ、と沙希さんは快諾して、いつものようにアカリを運ぶために、目の前に手のひらを差し出してくれる。机にピッタリと手の甲をくっつけて、乗りやすいように少しでも段差を低くしようとしてくれる。ゆっくりと、ベッドに乗るみたいに足を乗せていった。いつものように温かみのある沙希さんの手のひらに乗って部屋を見渡す。
「思ったよりたくさん飾ってあるんですね」
「たくさん撮ってきたからね」
端からゆっくりと写真を見ていく。ほとんどが風景の写真だったけど、時々人物の写真も出てくる。
「あ、これ」
アカリが気になった写真は、綾乃さんのものだった。写真の中に収まっている綾乃さんは本当にただの優等生という感じの見た目。それこそ、高校のクラス委員長とか、生徒会の人とか、そういう雰囲気を醸し出していた。
「あ、ごめんね。嫌だった?」
沙希さんは綾乃さんの写真を見たアカリが不快な思いをしたと思ったらしい。
「いえ、嫌じゃないですよ。ただ、綾乃さんってわたしと一緒にいるときと違って、全貌を見るととっても優等生って感じでカッコイイというか……」
「綾乃ちゃん、家元の生まれで、学校では生徒会で書紀やってるらしいから、多分学校では本当に優等生なんだと思うよ」
へえ……、とアカリが小さく相槌を打った。
「被写体モデルのお仕事もしてるってことは学校はアルバイトオッケーなんですか?」
えっと……、と沙希さんは罰が悪そうに苦笑いをする。
「綾乃ちゃんがお金受け取ってくれないから、渡してないんだ。代わりにご飯とかお出かけとか一緒にしてくれたらそれで満足だって言うから……。わたしはダメな大人だから、綾乃ちゃんのその気持ちに甘えさせてもらってる」
綾乃さんは本当にただ純粋に沙希さんに写真を撮ってもらうのが好きだなのだろう。正確には、沙希さんと一緒にいることが好きなのだろう……。それなら、アカリも沙希さんの恋路を邪魔しない方がいいのかもしれない。綾乃さんのためにも、リリカのためにもなる判断がきっと一番良い。
「あの、沙希さん。わたし被写体モデルのお仕事やめようと思ってまして……」
えっ、と沙希さんが困惑の声を出した。




