あなたのことは嫌いだから 5
「私、沙希のことが好きなの……」
「随分と慕ってるんですね」
「そういう好きじゃないわ。愛してるの。沙希と付き合って、結婚して、一緒に生活して、ずっと私の横で私の写真だけを撮っていてほしいの。他の誰の写真も撮って欲しくない……」
綾乃の表情は真剣そのものだった。だから、これは冗談でも、言い訳でもない、本物の恋。その恋が綾乃を狂わせて、アカリに嫌がらせをした、そういうことだろうか。それなら、沙希さんを交えた場では事情説明はできないか、と納得した。
「そういうことですか……」
「でも、だからといって、あなたに酷いことをして良いわけない。きっとこの間は怖かったでしょ?」
肯定して、突然この間みたいに豹変したらどうしようかと不安を抱きながら、アカリは恐る恐る頷いた。
「そうよね……。本当にごめんなさい……」
だけど、また素直に謝られた。
「ねえ、私からの要求はただ一つなの。沙希にあなたの写真を撮って欲しくないの……」
それは無理な要求な気がした。アカリとしては別に良いけれど、きっと沙希さんが不満だろうから。
アカリが黙っていると、綾乃さんは声を小さくして続ける。
「無茶なこと言ってるのはわかってるのだけどね……」
元気無さげに伝えられて、アカリも困ってしまう。そして同時に、アカリに外に出て欲しくないと強く主張していたリリカの姿も脳裏に浮かぶ。
「もし断ったら、また怖い目に遭わせるってことですか?」
「しないわよ。あんな酷いこと……。あの日は本当に自分でもどうかしてたって思ってるわ……」
綾乃は俯いて、真っ白なフレアスカートの裾をギュッと掴んだ。
「わたしが撮ってもらわなくても、きっと他の子の写真、沙希さんは撮りますよ」
「別に他の子はどうでも良いわ。他の子よりも私の方が沙希に愛されてるから、気にしてない」
「じゃあ、どうしてわたしは?」
「あなたはとっても可愛らしいもの。あなたに対する心象が良くない私がそう思うんだから、きっと沙希はもっと強くそう思っているに違いないわ」
真面目な顔で言われて、こっちの顔が赤くなってしまう。
「そ、そんなこといきなり言わないでくださいよ……」
「何照れてるの?」
「いきなり可愛いって、褒められたから……」
アカリが困ったように、綾乃から視線を外していると綾乃から「へ?」と上擦った声が飛んでくる。
「ち、違うわよ! 褒めてないわよ! 心象悪いって言ったからディスってるのよ!」
「でも、可愛いっていうのは褒めてくれてますよね?」
「違う! 私は事実を言っただけだから。褒めてなんかないわよ!」
焦りでいっぱいの顔をグッと勢いよく顔を近づけてきたから、アカリは驚いて尻餅をついてしまう。すっかり毒気の抜けた綾乃さんのへの恐怖心はほとんど抜けていた。今は手を伸ばせば触れてしまいそうなくらい顔を近づけられていても、怖さはない。ただ、綺麗なだけだった。
「綾乃さんって、本当は優しい人なんですね。ツンデレですか?」
アカリが少し揶揄うように言ってみると、綾乃さんが恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ツ、ツンデレってあなたね……。ねえ、一応言っとくけど、私はあなたのことは大嫌いだからね! 小さくて可愛いからって、沙希に気に入ってもらってるなんて、ずるすぎるもの!」
そう言って、先ほどよりもさらに綾乃さんが顔を近づけてきたせいで、彼女の鼻先とアカリの顔、それも唇が触れてしまった。その拍子によろけてしまいながら、ふと考えがよぎる。
(あれ……? これって、わたし綾乃さんにキスしちゃったの??)
嫌いと言われたばかりのはずなのに、少しドキドキしている自分の感情に、アカリは混乱してしまう。
「えっと……」
「何? 言いたいことあるなら言いなさいよ?」
多分綾乃さんはちょっとしたハプニングがあったことなんて気づいていないのだろう。アカリ一人が居た堪れない気持ちでおどおどしている時に、2人の方に向かって駆けてくる足音が聞こえた。
「綾乃ちゃん! アカリちゃんのこと攫うなんて、さすがに酷すぎる!」
今までアカリが見たことないくらい、沙希さんはムッとした様子で近づいてきた。
「あの、わたしは何も……」
無事を伝えようとしたアカリの言葉は待たずに、綾乃さんの頬に平手打ちを食らわせた。園内に綺麗に響く平手打ちの音と、綾乃さんが小さく呟いた「へ?」という呆然とした様子の、生気の抜けたような声。その両方がアカリの耳に入ってきた。
「大丈夫だった?」
ベンチの上に立ってぼんやりと2人のことを見上げていたアカリのことを、沙希さんが両手で優しく抱えた。
「えっと、わたしは大丈夫で……」
しどろもどろで返事をするアカリのことを守るみたいに、綾乃に対して背を向けながら、沙希さんは怒る。
「綾乃ちゃんがそこまで酷い子だったなんて思わなかった。もう知らないから」
「え……」
硬直してしまった綾乃さんの目からじわりと涙が溢れていた。
「あの、沙希さん。わたし本当に何もされてなくて……」
「アカリちゃんのこと許可なくて連れ去った時点で何もされてないことないでしょ? もう行こ」
泣いている綾乃のことを放って、沙希さんはアカリを優しく胸元に抱きながら公園の外に早足で歩いていく。
綾乃さんのことが心配で、姿を見ようと思ったけれど、沙希さんの体に遮られて、状況の把握はできなさそうだった。ただ、彼女の啜り泣く声だけが公園内には響いていた。




