あなたのことは嫌いだから 3
「そ、それよりも柚子シャーベットもらっても良いですか?」
とりあえず、話を変えるために目についたのはこの間のマカロンよりも量の多そうな、主張の強い柚子シャーベット。すでに運ばれていたのに、ずっと放置されているから、早く食べてしまわないと溶けてしまいそうだった。
「そうだね」と言って沙希さんがシャーベットを掬ってくれたから、トコトコとスプーンの方に移動する。
「いいよ、アカリちゃんがこっち来なくても。わたしがスプーン動かすから」
沙希さんが苦笑いをした。たしかに、沙希さんなら座ったまま、アカリの方にスプーンを持って来られるけれど、ただ座っているだけで食べさせてもらうのも悪いからと思って近づいたのだった。そんなアカリたちの様子を綾乃が沈んだ表情のまま見つめていた。
「随分と仲が良さそうね」
感情の見えない声に、つい背筋が冷たくなってしまっているのは、きっとシャーベットを食べたせいだけではないと思う。明らかに不機嫌そうな綾乃の声が怖かった。
「だから、綾乃ちゃん。なんでさっきからそんな不貞腐れてばっかりなの? 綾乃ちゃんがアカリちゃんに謝りたいって言ったから、わざわざアカリちゃんに来てもらったのに、もう帰っていいかな?」
あ……、と小さな声を綾乃が出した。
「ねえ、沙希。わたしとこの子2人だけでお話しさせてもらっても良い?」
綾乃が静かな声で提案するから、アカリは思わず身を強ばらせて固まってしまった。沙希さんが許可をして、勝手に話を進めてしまったらどうしようかと不安がっていると、沙希さんはムッとした声で綾乃に返答する。
「ダメに決まってるでしょ? 今の綾乃ちゃん、アカリちゃんに何するかわからないんだから! アカリちゃんが良いって言ってもわたしが許可しないから!」
「で、でもこの子と2人じゃないと、話せないことがあるから……」
「ダメよ。そんなこと言って、前みたいに酷いことするんでしょ?」
「しないわよ……」
反論する綾乃の声は消え入りそうで、体が小さい分人間の声が大きく聞こえているアカリでも辛うじて聞き取れるくらいの大きさのものだった。
思っていた以上に強い口調で沙希さんが返答したから、さらに綾乃が落ち込んでしまって、少し同情心も芽生えてしまう。とはいえ、2人だけで話すのはまだ怖いから、沙希さんの対応にはとても助かったのだけれど。
綾乃は静かにホットコーヒーの入ったティーカップに口を付けると、一気に飲み干した。アカリが誤って落下したら火傷してしまいそうなくらい熱そうなコーヒーを涼しげな表情で飲み切った後、綾乃は小さくため息を吐く。
「……わかった。もう今日は帰るから。沙希、今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「そのお礼はわたしじゃなくて、アカリちゃんに…………、って何やってるの!?」
沙希さんが驚くその直前にアカリの体は突然宙に浮いた。突然のことに硬直してしまったまま、訳もわからず、アカリの視線が高くなっていく。今まで机から見上げていた沙希さんの表情が上からしっかり見えた。目を大きく見開いて、驚きから怒りに表情を変えながら、綾乃の手元で握られているアカリのことを追っている。前に綾乃に会った日のように胴を鷲掴みにされて、勢いよくカバンの中に放り込まれたのだ。
「ごめんなさい!」と綾乃が周囲のお客さんの視線が集まってきそうなくらい大きな声で謝罪をして、大慌てで席を立った。
「ちょっと、綾乃ちゃん、ほんとに怒るよ!!!」
ファスナーの隙間からしか光の入ってこない、薄暗くて不気味なカバンの中から沙希さんの声を聞く。アカリは慌てて、大きな声で「沙希さん! 助けて!!」と叫んだけれど、その声が外に届くことはなかった。
先に綾乃がお店から出た後に、多分沙希さんも追いかけてお店を出ようとしたのだろうけれど、その前に「お客さん、お金払ってください!」と店員さんの声が聞こえてから、後ろから追いかけてくる足音は止まってしまった。
アカリはただじっと身を伏せて、スマホや財布から体を守りながら綾乃の動向を伺うことしかできなかった。大きく揺れるカバンは、安全性の保証されていない絶叫マシンのアトラクションみたいにも感じられた。




