あなたのことは嫌いだから 1
アカリが沙希さんと一緒にファミレスに向かうと、俯いて神妙な顔つきをした、先日アカリのことを怖がらせた綾乃という子が座っていた。
「綾乃ちゃん、お待たせ」と普段よりも真面目な様子で挨拶をする沙希さんの手のひらの上で、アカリは少し怯えていた。
「沙希、この間は本当にごめんさい……」
震えた声で謝る、綾乃と呼ばれる少女を見て、沙希さんが首を横に振った。
「謝る相手はわたしじゃないでしょ?」
黙って頷いてから、綾乃が立ち上がった。固定されたファミレスの座席で立っているから、少し窮屈そうではある。アカリの目線からはかなり大きく見えたけど、沙希さんと比べると、とても小柄で、沙希さんの肩の辺りまでしか背丈はなかった。
「本当にこの間はご迷惑おかけしました……」
綾乃は、沙希さんの手のひらに乗っているアカリに向かって、深々と頭を下げた。
「いえ、そんな……」
あのときは、本当に命の危険を感じて怖かったけれど、こうして沙希さんを交えて話せば普通の子にも見えた。先日のことが嘘みたいに礼儀正しい子として振る舞っているから、少し心を許してしまいそうにもなる。まあ、沙希さんもいるし、ファミレスにはお客さんもいるわけだから、変なこともできない状況ではあるから、礼儀正しくせざるを得ないのかもしれないけど。何はともあれ、少なくともこの場ではまともな子として振る舞ってくれているのだから、この人は怖くないと心の中で言い聞かせて、できるだけはっきりと声を出そうと思った。
「べ、別に、わ、わたしは気にしてませんので……」
だけど、うまく言葉にはできず、声を震わせてしまった。声を出そうとした時に、アカリの体を潰しちゃうんじゃないかってくらいの勢いで押さえつけてきた大きな手のひらを思い出してまった。沙希さんの手のひらに髪の毛が垂れちゃうんじゃないかというくらい、アカリの近くに頭を近づけられてしまうと、やっぱり少し不安だ。甘い蜜柑みたいなシャンプーの匂いがしっかりと届いている中でのやり取りは、緊張してしまう。とりあえず、彼女から離れたかった。
「も、もう大丈夫ですから。顔、上げてください。沙希さん、早く席に座りましょう。わたし、お腹空いちゃいましたんで……」
お腹なんて全然空いていないし、空いていたとしても綾乃の前で何か食べられるかどうかは怪しかったけど。綾乃と沙希さんは普通に席について、アカリは靴を脱いで机の上に座った。
沙希さんが大きなメニュー表をどさりと机の上に置く。
「アカリちゃん、好きなの選びなよ。あたしがそれ選ぶから一緒に食べよ」
人間用の大きな料理は一人では食べきれないので、シェアしてくれるのはありがたい。
「ねえ、沙希。わたしも沙希と一緒にシェアしたいんだけど……」
「綾乃ちゃん、今日は何しにここに来たかわかってるの? 今はそういうことしてる場合じゃないよね」
沙希さんは、アカリに言うときとは違って、綾乃にはキツイ口調で返した。おかげで、綾乃はしょんぼりとしていて、少し可哀想な気もするというのは、少し甘いのだろうか。
綾乃の方を見たら、俯いている彼女と目が合ってしまいそうだから、とりあえず足元のメニュー表に乗って、個々のメニューが座布団みたいに大きな食べ物の写真の中から、食べたいものを選ぶために歩き回る。とりあえず、デザートコーナーの中で目についた、柚子シャーベットを頼むことにした。




