マカロンパーティー 5
「結局いっぱいもらっちゃったね」
アカリは家に帰って、冷蔵庫にマカロンを突っ込んでいた。32等分したうちの8切れもお土産としてもらったから、それだけで冷蔵庫がパンパンになってしまっている。
そうね……、とリリカは少し上の空で話を聞いていたようだ。まだ気分が優れないままなのかもしれない。そんなときに、また大きな音で電話が鳴った。例のスピーカーみたいに大きな音がする電話は、小人同士だけでなく、人間とも通話することができる。リリカも音に驚き思わずビクッと体を震わせていた。
「アカリですけど」
『あ、アカリちゃん? 沙希だよ』
沙希さんからの電話だから、また被写体モデルの仕事のことだろうか。
『今日これから時間ある?』
「ええ、大丈夫ですけど、どうしたんですか?』
『綾乃ちゃんが、この間のこと、どうしても謝りたいって言ってて……。もし可能なら会ってあげて欲しいんだけど』
「あ、えっと……」
思ってもいなかった内容に、アカリの返答があやふやになってしまう。あの子のことは対面だと怖かった。けれど、なんだか訳ありみたいだし、今回は沙希さんも帯同してくれるなら、彼女の事情を知れるかもしれない。困っているようだったから、話くらいなら聞いてあげたいと思っていたし。
アカリが悩んでいると、その横からリリカが大きな声を出した。
「アカリは行かないわ!」
『リリカちゃんも一緒にいたんだね……』
沙希さんもリリカの人間嫌いについてはよく知っているから、罰が悪そうに苦笑いをしていた。
「お久しぶりのところ悪いけど、アカリをそんな危ない子にもう一度会わせるなんて、絶対に嫌よ!」
リリカの声を聞いて、沙希さんも、『だよねぇ……』と電話越しで困ったように笑う。
『ごめんね、アカリちゃん、断っとくね』
アカリが答えるまでに勝手に話が終わってしまいそうだったから、慌てて割って入る。
「ま、待ってください!」
『どうしたの?』
「わたし、行きます。その綾乃って子ともう一度会ってもいいです」
『え? いいの』と電話越しに聞こえる大きな沙希さんの声もかき消すような大きな声でリリカが叫ぶ。
「ダメに決まってるでしょ!! 行かない!!! 行かない!!! アカリは絶対に行かないから!!!」
「リリカ、落ち着いてよ」
アカリがソッとリリカの唇に人差し指を当てた。プニっとした柔らかい唇を触られて、リリカはほんのり頬を赤らめて静かになっていた。
「沙希さんも一緒にいてくれるんですよね?」
アカリが電話越しの先に呼びかけた。
『当たり前だよ。むしろ、絶対にわたしのそばから離れないでね。この間、綾乃ちゃんがかなり酷いことしちゃったみたいだから』
「なら、大丈夫ですよ。その綾乃さんって人と会ってもいいです」
「嫌……」と唇に指先を触れられたままのリリカが小さな声で反論した。そして、誘ってきた沙希さんの方も困惑しながら確認を取ってくる。
『わたしから言い出してあれだけど、本当にいいの……? 綾乃ちゃんの頼みだから、一応声かけたけど、嫌だったら本当に断っておいてもらっていいんだよ?』
「わたしもあの子のこと気になってたんで、大丈夫ですよ」
この間のしょっぱい彼女の涙の味を思い出した。彼女も苦しんでいたことは間違いない。
『……ありがと、すごく助かる……。今から迎えに行くわね』
「待ってますね」
そう言って電話を切った。この間の視界に大きく映った、綾乃さんの大きくて切れ長の瞳から流れていた涙を思い出す。幼さとしっかりした雰囲気の両方を持っていた不思議な子。握りしめられて怖い思いをさせてきた危ない子だというのに、なぜかそちらのイメージの方が先にでてきてしまった。
「そう言うわけだから、ちょっと出かけてくるね」
リリカに伝えると、彼女は心底不安そうな顔をした。
「ねえ、アカリ。どういうつもり……?」
「どういうつもりって……?」
「信じられないわ! 行っていいわけないでしょ、そんな危ないところ!!」
リリカが片足で跳ねながら、ポニーテールにしたままの髪の毛をいつも以上に大きく揺らしながらアカリの元へとやってきた。そしてアカリに思い切り抱き着いた。絶対にこの家から出さないという強い意志を感じる抱きしめ方をしている。
「もうすぐ沙希さん来るから出かける準備しないと……」
「離すわけないわ! あの暴力的な子でしょ? 行っていいわけないでしょ?!」
「大丈夫だって、今日は沙希さんも一緒にいるからそんな危ないことにはならないよ」
「何呑気なこと言ってるの? 沙希さんもいるから、ってこの間だって沙希さんがいたのに少し出かけている隙にそんな酷い目に遭ったんでしょ!? 信じられないわ!」
リリカが必死に止めるけど、アカリは申し訳なく思いながらも、リリカの体を引き離して外出しようとする。
「ごめん、リリカ。沙希さん来たからもう行くね」
「酷いわ……」
その場でへたり込んでしまったリリカの姿を背にしながら沙希の元へと向かった。
「ごめんね……」ともう一度、小さな声で謝ったけど、リリカは顔を上げようとはしなかった。




