マカロンパーティー 1
アカリが綾乃に意地悪をされた日から数日が経ったある日、アカリとリリカが同居する部屋の中に携帯電話の音が鳴り響いた。
小人向けの通話機能のついたスマホはまだでていないけれど、初期の携帯電話みたいに、ミシンみたいな大きなサイズで、通話機能だけを備えた携帯電話は存在していた。もっとも、音量は人間の感覚で調整されたようで、室内に思い切り響き渡ってしまって少しうるさいのだけれど。常に爆音のスピーカーモードみたいになっているから、耳にはくっつけずに、胸の辺りで抱えたり、机に置いたりして使っている。
「アカリですけど」
「あ、アカリちゃん。アミよ。今時間大丈夫?」
電話の向こうからはアミさんの落ち着いた声が聞こえてきた。
「ええ、大丈夫ですけど、どうしたんですか?」
「それだったら、申し訳ないんだけど、今入り口近くにいるから、ちょっと荷物運ぶの手伝ってもらってもいいかしら」
「すぐ行きますね!」
「ありがとうね、お礼は弾むわ」
アミさんが電話を切ったので、アカリはプティタウンの出入り口に向かおうと家を出た。家から出ると、エリアの外にアミさんの職場の後輩の愛菜さんが待っているのがすぐに目についた。人間はこのプティタウン内の住宅(という名のプラスチックの箱)よりも遥かに大きいので、障害物なんて関係なくこの町のどこからでも姿を確認することができるのだ。
仕事が終わって、ちょうどプティタウンまで運んでもらったところなのかもしれない。愛菜さんが可愛らしい笑顔を入り口に向けているのでアミさんと笑いあっているのかもしれない。町全体が厚いガラスで被われているから、内外で音は遮断されていて内容は聞こえてこないが、2人ともとっても楽しそうなのは無音でも十分に伝わった。
アカリが出入り口までたどり着くのに3分近くかかったが、まだ愛菜さんはアミさんのことを入り口の付近に置いて帰ったりはせず、外に立ったままだった。アカリがたどり着くまでの間、ずっと愛菜さんはアミさんを乗せている手のひらをすぐ目の前にして、視線を交わしながらお話をしていたみたいだ。愛菜さんは、アミさんをプティタウンのガラス扉の入り口前に置いて、少し名残惜しそうに微笑みあってから、アカリにも手を振ってから立ち去ろうとする。
この2人の間に特別な感情があるのだろうということは、アカリにもよくわかる。愛菜さんとしっかりと喋ったことはあまり無いけれど、良い人であることはアミさんの世間話を通してよく知っている。アミさんも同じくとても優しいお姉さんだから、きっと波長が合うのだろう。去り行く愛菜さんの背中をアミさんがぼんやりと見つめていたから、アカリが声をかける。
「アミさんは愛菜さんのこと好きなんですね」
「ええ。愛菜ちゃんはとっても優しい子だもの。みんな好きになっちゃうわ。アカリちゃんも愛菜ちゃんのことは好きでしょ?」
はい、とアカリは頷いた。
「職場でも人気ある子なんですか?」
「そう。大人気よ。ネイリストさんたちの間でも、お客さんの間でも、愛想が良くて、優しい愛菜ちゃんは大人気よ。……こっちが妬いちゃうほどにね」
「え? 今なんて言いました?」
後半の方の言葉が小さくて、うまく聞き取れなくて、アカリは聞き返した。だけど、アミさんはそれ以上言葉を繰り返すことはしなかった。
「なんでもないわ。愛菜ちゃんは優しくて、良い子。それさえ伝われば大丈夫よ」
「それはもちろんバッチリ伝わってますよ!」
アカリがピースサインをしながら答えたら、アミさんは満足げに笑ったのだった。




