相談 1
沙希に怒られた後、逃げるようにしてスタジオを出た綾乃は、ファーストフード店に来ていた。
「綾乃さん。大丈夫ですか……?」
ファーストフード店の店内で先程からずっとメソメソと泣いている綾乃に、同じ高校の後輩である桃香が声をかけた。恐る恐る声をかけてくれたから、とてもか細くて小さな声になっていた。お休みの日はモデルのお仕事で忙しいはずの桃香にわざわざ来てもらったのに、会ってからずっと泣いたままで、申し訳なかった。
「ごめんね……」
うまく言葉を発せずにただひたすら泣き続けていた綾乃に、桃香はそっと身を寄せた。せっかく桃香と一緒にいるのに、沙希の家のスタジオで例のアカリという子と遭遇したこのことを思い出しながら、綾乃はずっと泣いていた。
沙希にあんなにも怖い顔で怒られたのは初めてだった。当然、怖い顔で怒られるだけのことをしてしまった自覚もあるから、自己嫌悪の感情も相まって、落ち着くことなんてできなかった。一人で抱え込むには重たい感情を消化してもらうために、綾乃は桃香に『会いたい』とメッセージを送った。
そんな突然の誘いにも、桃香は嫌な顔をせずに駆けつけてくれた。大人っぽい落ち着いた色のボリュームスリーブのワンピースを着てやってきた、170センチ近い身長の桃香は、綾乃の後輩と言うよりもお姉さんみたいにも見えた。
初めは向かい合って座っていたけれど、途中から心配になった桃香がソファー側の席にいた綾乃の横に座ったから、隣り合わせで座っている。
ずっと桃香がゆっくりと背中を撫でてくれているけど、綾乃は何も言葉を返せなかった。何から言えばいいのかがわからなかった。どう話しても悪いのは綾乃のほうなのだからと思い、そんな意地悪でみっともない自分の姿を、慕ってくれる可愛い後輩の桃香に伝える度胸はなかった。綾乃はまだグスグスと鼻をすすって泣きながら、涙声で桃香に言う。
「ごめんね、忙しいところを呼び出しちゃったのに何も話せなくて……」
そんな綾乃に桃香が優しい声をかける。
「良いんですよぉ、気が収まるまで泣いて下さぁい。喋りたくなるまで、モモカはずっとそばにいるので、いつでも好きなタイミングで喋ってくれたらいいですからねぇ」
桃香がそっと柔軟剤の匂いがついた、綺麗なハンカチで綾乃の目もとを拭ってくれた。甘くて、間伸びした声が脳内に響く。
桃香は雑誌のモデルをやっていて、見た目はスラリとしていて、大人びているけれど、話し方はとっても甘いし、性格も子どもっぽいところがある。
一般的にはあざとすぎて苦手とされるタイプかもしれないけれど、桃香に対して綾乃は、すべてを赦してくれそうな包容力を感じていた。とても優しさの詰まった声にも、いつも癒されていた。
高校に通う1学年下の新入生の後輩の桃香とは、小学生の頃から親しかった。当時の桃香には友達が少なったからというのもあるかもしれない。ずっと綾乃のことを慕ってくれていて、綾乃にとって沙希以外の数少ない身近の頼れる人である。
その後もゆっくりと背中をさすってくれている桃香に感謝をしながら、ようやく20分ほどしたら心が落ち着いてきた。
「ごめんね、ありがとう」
そう言って、涙をハンカチで拭い、鼻を啜ってから綾乃は顔をあげた。
「落ち着きましたか?」
「うん、ありがとう」
そう返すと、桃香は「良かったです」と言って微笑んでくれた。




