エピローグ 3
「まだあと10分くらいあるのね」
時刻表を確認してから綾乃はベンチに座った。アカリのことをコートのポケットに入れてくれたから、そこから顔だけ出して会話をする。
「10分なんてあっという間だね」
「そうね。アカリを見てたらきっとすぐに経っちゃうわ」
「どういう意味?」
「可愛いから、見飽きないのよ」
大きな綾乃の人差し指がアカリのすぐ目の前に近づいてきた。そして、ソッと頭を撫でる。
「綾乃ばっかりわたしのことジッと見てズルいよ! わたしも綾乃のこと近くで見たい!」
「ポケットから出たら寒いわよ」
「綾乃が作ってくれた毛糸のセーター着てるから大丈夫だって」
クリスマスプレゼントに作ってもらったのだ。正直作りは粗くてアカリには少し大きい気かったけれど、それでも暖かくて着心地はよかった。
「そう、それなら……」
綾乃はアカリのことを両手の平に優しく置いた。水を掬うみたいに作った安定した手のひらの上に立つ。アカリの方に綾乃はゆっくりと顔を近づけた。白い温かい吐息が優しくアカリを包み込んでくれるような距離にやってくる。
「あ、コーヒー飲んだけど、臭い大丈夫よね……?」
不安そうに綾乃が聞いてきたけれど、何も問題はない。
「大丈夫だよ、いつも通りいい匂い」
「それならいいのだけれど……」
ホッと吐いた息がまたアカリに降り注ぎ、周囲が白に包まれる。吐息の中をゆっくりと歩いていき、綾乃さんの顔に近づいていく。
「もっと近づいてもらっても良い?」
「それ以上近づいたら、私の顔見えないんじゃない?」
「大丈夫だよ」
そう……、と綾乃はさらに顔を近づけた。その瞬間、アカリが「えいっ」と唇に自分の唇をくっつけた。
「あなたのタイミングなんてずるいわ」
今度は綾乃がソッと唇の隙間から舌を出して、アカリの顔を舐めた。チョロっと舐めただけだけれど、一瞬でアカリの顔は綾乃の匂いに包まれた。
「ちょっと綾乃! 外でそれは無しだから!」
アカリがソッと綾乃のほんのり湿った唇に手のひらを置いた。
「家ならいいの?」
「……家なら良いよ」
「全身でも?」
綾乃の綺麗な赤い舌がアカリの全身を優しく這っていくところを想像して赤面してしまう。
「す、好きにしたら良いんじゃない……」
「アカリは優しいのね」
綾乃がクスッと笑う。それと同時に、ホームに電車が来たことを知らせるベルが鳴った。
「さ、帰りましょうか。今日はうちに泊まっていくでしょ?」
「リリカが桃香ちゃんの家でお泊まりして暇だから、良いよ」
「やったわ」
綾乃は嬉しそうに微笑んでから、アカリのことをポケットの中に戻した。コートの中に手を入れてきた綾乃の指をギュッと掴む。とても温かくて、頼もしくて、そして優しい綾乃の指を離さないようにギュッと握る。これからも、この恋を離さないように。手のひらサイズの体でしっかりと掴み続ける為に。




