夏祭り 7
息ができないくらい力一杯綾乃さんはアカリのことを胸元に押し付けていた。弾力のある胸に体が沈み込む。苦しいことは苦しいけれど、体の苦しさよりも、綾乃さんの次の言葉を待つ苦しさの方が強かった。ドキドキしながら待っていると、綾乃さんが大きく息を吸った音が聞こえた。
「そんなの、私だって好きよ!」
後ろで大きな音が鳴ったから、きっと花火の音だったのだろう。綾乃さんの胸の中にいるから、見ることはできないけれど、周りがざわざわと盛り上がっていることはわかった。
綾乃さんはアカリのことを胸から解放する。酸素が足りなくなっていたから、大きく息を吸おうと思ったのに、綾乃さんはアカリに口づけをした。綾乃さんの唇の隙間にちょうど口も鼻も入ってしまったから、呼吸が綾乃さんの口内の空気だけになる。綾乃さんの匂いがアカリの中に流れ込んでいく。
続けて綾乃さんは唇を舐めるついでみたいに、アカリの顔を舐めてきた。ゆっくりと唇からアカリを離した綾乃さんは少し気まずそうに太ももに戻してから、アカリのことをゆっくりとハンカチで拭っていった。柔軟剤の香りがふんわりと漂う柔らかいハンカチで顔を拭かれた。そして、綾乃さんが小さな声で呟いた。
「ありがとう、アカリ、こんな私のことを愛してくれて……」
優しい笑みをアカリの方に向けてきた。
「こんな、なんて言わないでくださいよ。わたしの彼女のこと悪く言わないでください!」
綾乃さんがペロッと舌を出した。すでに花火が終わってしまっていたらしく声は通りやすくなっていた。静かになってから、アカリが呟いた。
「結局、全然花火見られませんでした」
綾乃さんの胸の中にいたり、唇に顔をくっつけられたりしていたから、全然花火の方を見られなかった。
「えっと……、ごめんなさい。わたしは結構しっかりと見たわ」
「えぇっ、ズルイですよ!」
「アカリとキスしながら一番大きな花火が見られたのはずっと忘れない思い出になると思うわ」
「えーっ、綾乃さんだけズルいですよ!」
アカリが拗ねたように口を尖らせたから、そっと指先で頭を撫でてくる。
「ごめんなさい、お詫びと言ったらなんだけど、今度うちで花火大会でもしましょうよ。アカリの大きさだったらきっと普通の花火も打ち上げ花火みたいに大きく見えるわ」
「確かにそうかもしれませんけど、せっかくなら花火やってみたいです」
「わかったわ、じゃあ私と一緒に持ったらいいわ。それに線香花火くらいなら台の上に立ったら頑張ったら持てるかもしれないわね」
「いえ、多分線香花火でもわたしには重いんで一緒に持ってもらったほうが良いかもしれないです」
「わかったわ。一緒に花火しましょうね」
綾乃さんがとても楽しそうにしていたら、スマホが大きな音を立てた。
はい、と綾乃さんが電話に出る。
「桃香からだったわ。そろそろ遅くなるから帰りましょうって」
「なんだか帰るの名残惜しいです……」
アカリが綾乃さんのことを手のひらの上で上目遣いで見つめると、綾乃さんはフッと笑った。
「嬉しいけど、まだまだ夏休みだしいっぱい会えるわよ。これからは恋人同士で色々な場所にも行けるから色々なところに行きましょう」
「海にも行けますか?」
「流されないように気をつけながら、アカリ用の砂のお城を作ってあげるわ」
「バーベキューもできますか?」
「私が焼いてアカリが食べる係になりそうね」
「流しそうめんもやりたいです! そうめんと一緒に上から滑って行きたいです」
「アカリのこと間違いなくお箸で掬うわね」
いろいろな提案をして2人で夏の予定に思いを巡らせていると、向こうの方から歩いてくる巾着袋を持った桃香の姿があった。あの中にいるリリカに一刻も早く教えてあげたかった。一体どんな反応をするのだろうか。驚くのだろうか、喜ぶのだろうか、わからないけれど、とにかく早くリリカと情報の共有をしたかった。リリカの反応を想像したらとても楽しみだった。
「ねえ、わたしたち付き合うことになったんだ!」
喧騒の中でリリカと桃香に届くくらい、大きな声でアカリは叫んだのだ。これから始まる楽しい生活に胸を弾ませながら。アカリの体よりも、ずっと大きな愛をこの先も綾乃さんにぶつけていくのだろう。




