夏祭り 6
少し歩いたら高台のところにたどり着いた。その高台のちょっと奥の方に行けば、花火は見づらくなるけれど、かわりに人は少なくなる。
「この辺でいいかしらね」
アカリが頷くと、綾乃さんは静かに姿勢良くレンガでできた段差のある場所に座った。ちょうど椅子みたいに高い場所だったから、綾乃さんにとっては座るのにちょうど良さそうだった。
太ももにアカリを乗せて、そっと両手で包み込むようにアカリに触れていた。左右から綾乃さんの手のひらに包まれてしまって、ほんのちょっぴり暑かった。
「もうすぐね」
綾乃さんの声とほとんど同時に花火が打ち上がった。
「綺麗ですね」
アカリが話しかけたけれど、その声は花火の音でかき消されたらしい。
「あら? 何か言ったからしら? ごめんなさい、聞こえなかったわ」
「花火綺麗です!」
大きな声を出したけれどやっぱりかき消されてしまった。
「仕方ないわね……」
綾乃さんがアカリのことを優しく肩の上に乗せた。
「落ちないように気をつけてね」
またさっきみたいに落ちて気を遣わせてしまわないように、綾乃さんの長い髪の毛に包まるようにして座った。優しい柑橘系の香りと、ほんのり汗の匂いが混ざっていた。嫌な匂いじゃない。綾乃さんの匂いが体全体に伝っていくようだった。
「綺麗ですね」
ぼんやりと呟いた言葉が、花火を見た感想なのか、綾乃さんの横顔をチラリと見つめた感想なのか、よくわからなくなった。
「本当、綺麗ね」
澄んだ声で返された。綾乃さんの匂いに包まれながら、綾乃さんの声を体いっぱいに浴びていた。アカリは思わず綾乃さんの綺麗な首筋にもたれ掛かるようにして、肩に座った。そして、そっと首筋を撫でた。
「突然どうしたの?」
優しい声で綾乃さんが尋ねてくる。
「どうしちゃったんでしょうね、わたし……。自分でもよくわからないんです」
「なんだか不思議な返答ね。何か悩みでもあるの?」
「あります」とアカリは強めの口調で返した。
次々と夜に流れていく花火がとても綺麗なのに、全然花火に集中ができなかった。
「一体どうしたのよ?」
綾乃さんが不思議そうな声を出した。アカリの方を見たそうにしている雰囲気はあったけれど、アカリが首にもたれかかっているせいで、うまく見られないようだった。でも、その方が良かった。今はきっと綾乃さんの視線を見られる気がしなかった。
声が花火にかき消されないようにアカリが慎重に綾乃さんの肩の上で立ち上がって顔を耳に近づけて、囁いた。
「綾乃さんのことが好きなんです……」
その瞬間、綾乃さんの体が大きく揺れた。
「わっ、落ちちゃう!」
足場が大きな揺れに襲われて、バランスを崩して、肩の上から落ちてしまった。そのまま綾乃さんの胸の前でキャッチされて、ギュッと抱きしめられた。
「ど、どういうつもり! どういう意味なのよ! そんなこと言われたら勘違いしてしまうから、やめてよ……」
「勘違いの意味がわかりませんけど、わたしは綾乃さんのことが好きだから、好きだって言っただけですよ!」
綾乃さんの胸に押さえつけられながら、アカリが大きな声を出した。花火の音にかき消されないように叫ぶみたいに。
「好きって、あれよね。お友達として、よね」
「好きは好きですよ。綾乃さんに恋しちゃったんですよ!」
「だ、だって、わたしアカリに酷いことしたのよ? 押し潰しかけたり、首を折る真似をして、脅すようなことをしたり……。そんなわたしにアカリの恋を受け入れる資格なんて……」
「いつまで言ってるんですか? 綾乃さんはそれ以上にたくさん優しくしてくれたんですから。だいたい、やられた本人が怒ってないどころか、恋に落ちちゃってるんですよ? もうそんな昔のこと振り返らないでください! わたしは今の綾乃さんのことが大好きなんですから!」
喉が枯れるくらいの大声を出し続けた。静かなプティタウンで出したら、きっと町中に響いてしまいそうな大きな声。今はここが花火大会の会場でよかったと思う。そして、小さな体で良かったと思う。心の底から思いを吐き出しているのに、その声は綾乃さんにしか伝わっていないのだから。
「でも、わたしなんか……」と綾乃さんは逡巡していた。
「振るんだったら、好きじゃないんだったら、さっさとはっきりそう言ってくださいよ! 今の綾乃さんが、今のわたしのことを好きか嫌いか、それだけ教えてもらったらそれで良いですから!」
「そんなの……」
綾乃さんがさらに力強くアカリの体を胸に押し付けた。体が潰れちゃうかと思った。でも、綾乃さんの胸で押し潰されるのなら、それも良いのかもしれない、とアカリは思ってしまった。




