夏祭り 4
「あんた何してくれてんのよ!」と声がしたから、多分友達が桃香のタックルで尻餅をつかされたことに怒っているんだと思う。
もう一人の子が、リリカのことを踏み潰そうとしていた。パラパラとスニーカーの裏から大きな石みたいなサイズの砂利がリリカの上に降り注いでいく。
「桃香、助けて!」
桃香も弱っているのに、つい助けを求めてしまった。桃香がなんとかリリカのことを持っている手を胸の下で庇うようにしたから、ギリギリで助かった。ドンっと大きくて重たい音が、元々リリカの乗っていた桃香の手のひらが置かれていた位置に降ってきていた。
「桃香、怖いわ……」
リリカは桃香の胸の下に隠してもらっていた。桃香の心臓の鼓動が聞こえてくる。
「大丈夫だよぉ。モモカがリリカちゃんのこと、絶対に守るからぁ」
その後に、桃香が「うぐっ」と嫌な声を出したから、どこか踏まれたのかもしれない。桃香の体重が一瞬地面の方にグッと強くかかったけれど、胸の隙間に守ってもらっていたリリカは無傷で潰されることはなかった。
桃香の苦しそうな声に続いて、先ほどまでリリカたちに意地悪をしていたこの声が聞こえてくる。
「あんまりやったら大事になっちゃうよ。行こう」
すでに大事だと思う。リリカは急いで桃香の胸の中から出て、去っていく背中の方を睨んだ。桃香に意地悪されて苛立ったから、何か一矢報いるような声を出そうと思ったけれど、すでに遠くなっている背中に声をかけられるだけの声量をリリカは持っていなかった。
「ごめんね、桃香……。わたしのせいで怪我しちゃってるわ……」
いつも綺麗に手入れをしている桃香の細い腕には両腕にできた傷はかなり目立っていた。
「ううん、リリカちゃんが無事でよかったよぉ……」
そう言ってから、桃香はポロポロと涙を溢れさせた。
「桃香、大丈夫!? 傷が痛むの?」
リリカが尋ねると桃香が首を横に振る。
「リリカちゃんが大怪我したり潰されちゃったりしたら、どうしようって怖かったから、無事で良かったぁって思ったら、勝手に涙が出てきちゃったぁ……」
「桃香は優しいのね……」
横たわったままの桃香の頬をソッと撫でた。涙を拭いてあげようと思ったけれど、桃香の涙の量は、とてもリリカ一人では拭いきれなかった。
「モモカはリリカちゃんの彼女だからぁ。リリカちゃんが困ってる時には助けてあげるんだぁ」
ゆっくりと桃香が座りながら、涙を拭う。リリカはそっと桃香の手のひらの上に乗せられて、初めに座っていた場所に桃香と共に戻った。
「かき氷溶けちゃったねぇ」
「本当ね」
「飲むぅ?」
ほとんど水になった容器をリリカの方に向けてきた。
「飲まないわよ!」
「リリカちゃんならプールにできるかもよぉ?」
いつもの調子で軽口を叩いてくる桃香の瞳には少し残った涙が煌めいていた。
「泳がないわよ!」とムッとした調子で言いながらも、桃香の様子にホッとしているのだった。ようやくひと段落ついただろうかと思った頃に、慌てた様子の綾乃がやってきた。綾乃の瞳にもうっすらと涙が滲んでいるように見えるけれど、もしかして一部始終を見られていたのだろうか。不思議に思っていると、綾乃が震えた声を出した。
「ね、ねえ……、アカリはこっちに来てないわよね……?」
「き、来てないですけどぉ……」
「そうよね、アカリの足で夏祭りの会場を歩くのは難しいものね……」
綾乃の顔が青ざめていた。リリカは嫌な予感がした。
「ねえ、まさかと思うけど、アカリがいなくなっちゃったとかじゃないわよね……?」
リリカが不安そうに答えると、綾乃が大きく息を吸ってから答える。
「いなくなっちゃったの……。屋台の、人混みの中で……」
桃香とリリカが同時に息を呑んだ。
「ね、ねえ、人混みの中って……」
リリカが怯えた声を出すのと同時に、綾乃の瞳から涙が伝っていた。
「も、もしこっちに来たらスマホ鳴らして欲しいの……」
それだけ言って綾乃がリリカたちに背中を向けたけれど、アカリが自分の意思でリリカたちを見つけ出すために、綾乃の元を離れて移動しているとは考えづらい。自発的に綾乃から離れるわけがない以上、今は不可抗力でどこかにいるということ。
「モモカたちも手伝うよぉ!」
リリカも大きく頷いた。
「本当にごめんなさい……」
そうやって、アカリの捜索が始まろうとしていた。もっとも、アカリ本人はその会話は全部聞ける場所にいたのだけれど……。




