帰宅 3
一通り綾乃からされた話を伝えると、リリカは机を両手で思い切り叩いて、悔しそうにアカリの方を見つめていた。
「何よ、そいつ!! 信じられない!!! わたし、今からそいつのこと殺しに行くわ!!!」
「ちょ、ちょっとリリカ落ち着いてってば!」
リリカが凄い剣幕でふらつきながら立ち上がったから、慌てて体を支えて抱きしめた。だけど、リリカの怒りはまったく収まりそうにはなかった。
「離してよ! わたしの大切なアカリがそんなことされて、落ち着いていられるわけないでしょ!!! ねえ、アカリ。もうやめた方が良いわ。もう充分写真は撮らせてあげたし、しっかりと恩は返せたわ! 沙希さんに写真を撮ってもらうのはもう今日ので最後にしましょ! これからは外に行かずに、ずっとこの町に住みなさい!」
「リリカ、一旦落ち着いて」
「アカリがそんなひどい目に遭って落ちついてられる訳ないでしょ! その子に潰されて、もう帰って来られなくなってたかもしれないのよ!」
リリカが目に涙を浮かべながらアカリの方を見つめてから、壁に立てかけてあるタブレット型端末を操作し出した。両方の手のひらを使って、上半身を目一杯動かしながら画面を触っている。小人向けに小さく作ってもらってあるタブレット端末とはいえ、さすがに両手でもてるほどの小ささにはできず、小柄なリリカの上半身よりも少し大きいくらいの大きさになっている。
「ねえ、その綾乃っていうのはこいつでしょ?!」
リリカの示した画像は先程沙希さんに見せてもらったSNSの画面と全く同じ可愛らしい子だった。先ほどアカリに酷いことをした子と同一人物には見えないような、しっかりとした雰囲気の子。
「そう、その子だけど……」
アカリが肯定した直後に、思い切りタブレット端末の画面上の綾乃の画像を右手で叩いた。パチンと弱い音が鳴る。
「自分の人気がアカリよりもないからって暴力に訴えかけるなんて最低ね! 信じられないわ!」
大きな声でタブレット上の綾乃の画像を見ながら言った後に、今度はゆっくりとアカリの方を向く。
「ねえ、アカリ。もう被写体のお仕事なんてやったらダメよ!」
「大丈夫だって。これからはずっと沙希さんと一緒にいるようにするし……」
それに、アカリはその綾乃という子が本当に悪い子なのかどうかまだ疑っていた。痛がったら力を弱めてくれたし、小さな声でだけど謝ってくれたし。もちろん危険な目に遭わないなら外に出ないに越したことはないけど、プティタウンにいるための条件は人間界での就労である。そのためにはやっぱり外で被写体をするのが良い。
「ねえ、アカリ。お仕事のこと心配しているの? それだったらわたしと一緒に小物の手芸をしてネットで売ればいいわ。ネット経由でのお仕事だってたくさんあるんだから、無理に外に行かなくても大丈夫だわ。もしくは、いっそ昔みたいに自然の中で住んでも良いわ。わたしはアカリとずっと一緒にいれるのならば、こんな便利な場所に住まなくても良いのよ?」
アカリがふと下に視線を移すと、自由が利かずにダラリと投げ出されたリリカの足がある。こんな手負いの状況で野生動物や悪意のある人間をやり過ごして生活していくことはほとんど不可能と言っても良い。それに外で沙希さんから人間界の話を聞くこともとても楽しかったし、正直今の仕事をやめたいとは思えなかった。
「でも、結局無傷だったわけだし、そんなに心配することないんじゃないかな? もしまた同じようなことがあったら今度はもうやめるから、今は一旦続けてもいいんじゃない?」
「何かあってからじゃ遅いでしょ!」
「でも、沙希さんのおかげでまだこうやってリリカと一緒にお喋りできてるわけだしやっぱり無碍にはできないかな……。リリカだって沙希さんには感謝してるでしょ?」
アカリが笑顔を向けると、リリカが諦めたような表情を見せた。
「もう、知らない。勝手にしたら!」
リリカだって沙希さんにはとても感謝しているうえでアカリのことが心配で言ってくれていることはよくわかっている。だけどそれでもやっぱりアカリはやめるわけにはいかなかった。
「ごめんね……」
アカリが寂しそうに謝ると、リリカがギュッと強い力で抱き締めてきて、上目遣いでアカリを見つめてきた。パーマがかった長い髪や大きな瞳は、本当にドール人形みたいで可愛らしかった。
「絶対にわたしの元からいなくならないでね……」
「大丈夫。絶対にいなくならないから」
アカリがソッとリリカの髪の毛を撫でると、リリカは気持ちよさそうに微笑むのだった。




