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みにくいネズミの個

 雲ひとつない青空のした、南欧風の建物が立ち並ぶ住宅街。

昔、流行した、少し古びた、それらの建物達の一角に小さな公園があった。子供達が遊ぶ元気な声がきこえていた。

午後2時、3つあるベンチのうち、隅にある陽のあたらないベンチに、大きな耳、大きな手、大きな足を持った世界で一番有名なキャラクターが座っていた。

その生命体は、うなだれていてまったく動こうとせず、元気がなかった。服や履いているクツもなぜか汚れてしまっていた。


 「あっ!ママ!ミッキーさんがいる!!」と4歳くらいの女の子が駆けよってゆく。

遅れて駆けてきたその子の若い父親と母親は、色あせた服やクツを見て瞬時に判断した。

この 個 (ミッキー) は、本物ではないのだと。

ディズニー社がその存在を許可しているオフィシャル権を有している 個 (ミッキー)ではないことを。


 21世紀にはいり、劇的に進歩した生命工学という魔法を手に入れた人類は、その力を自らの身体を改変することだけでは満足しなかった。 そして、新たな命を創り出すことに興味をいだいた。

造型師と呼ばれる高度な生命工学技術を持った人達は、万能ツールを使い、これまで想像の世界でしか存在しえなかった映画、コミック、アニメの架空のキャラクター達を生きているキャラクターとして、この世に誕生させたのだ。

そして今、社会には、人間と同じように食事をして、水を飲み、酸素を呼吸し、しゃべったり笑ったり、人間とほとんど変らないDNAを持つ合成生物がいたる所に存在していた。

著作権、肖像権などなど、厳格に管理、監修を受けたその生物たちは、見事な造型を見せ、一般消費者をおどろかせていた。


 僕は、この世に生まれた不幸を呪い、嘆いていた。 誰かが僕の名前?を呼んでいた…

 「あっ!ママ!ミッキーさんがいる!!」

決して口に出して名のってはいけない名前を…

顔を上げると僕の視界には女の子の輝く笑顔が飛びこんできた。

僕の中に備わっている本能が信じられないほどの力を呼び起こし、元気いっぱいに立ちあがらせた。

さっきまで絶望していたはずの僕の心は、女の子に見つめられ、話しかけられている間、その姿を消し去り、僕は本物のミッキーになりきり、女の子を、そして最初は怪訝な眼差しで見つめていた両親をも夢中にさせ楽しませた。


夢の時間はあっという間に過ぎ去り、さよならの手を振り終えた僕は、また一人になり、暗い心、絶望の心に支配された。


 造型師たちは、こぞってモデリング技術を競い、数々の生き物たちを生み出した。

しかし、その中の一部の造型師は、キャラクターの著作権、肖像権など一切の権利を持つ企業の厳格な管理、監修を嫌い、無断で自分の欲望のまま、新たな命を創りだしてしまう者が存在した。


 僕を作った名も無き造型師もそんな人間。その創造主の記憶は一切、僕の頭には見つからなかったが…

「さあ、日が暮れないうちに教会へ戻ろう」

僕は絶望的な心をふるいたたせ何とか立ちあがり歩き出した。 希望も夢も何も待ってはいないはずなのに。


教会とは、違法に生み出され、行き場の無い多くのキャラクター生命体に最低限の食事と、寝る場を提供している非営利団体の総称。

このような生命が生まれ存在しているという事実。違法な手段で生まれた生物。

だが、社会は 処分 という最悪な選択肢だけは取らなかった。

結果、最低限の食事などは与え、プログラムされた寿命が来て、死にいたるその時までは、自由に生きる権利のみを与える事となった。

そして、それぞれに組みこまれた寿命をつかさどる細胞培養暗号が働き、違法なキャラクター生命は、その限られた命が尽きるまで、悲しみ、怒り、嘆き…そして絶望して…静かに死んでいった。


 僕は、とぼとぼと暗くなりかけた通りを何も考えず歩く。

そんな僕の周り、空き地や建物の裏手には、犬くらいの黄色い生き物が時々姿をあらわしては消えてゆく。めずらしい事ではなかった。

僕は自然に目に入り視線を移す

ああ…あいつらも僕たちと同じ運命によって生かされている生き物。

あいつらも僕たちと同等に管理の厳しい任天堂の人気キャラクター。 僕たちほどの知性は持っていないが、同じだ。


オフィシャルの正規ピカチュウは、今、一般家庭では、犬や猫に次ぐ人気ペットとなっている。

一方、不正で生産され放棄された野良のピカチュウは野生化し無数に存在し放置されている。

実際の生きているピカチュウには、危険なアニメ設定の電撃能力は無いが、悪意のある造型師たちによって強力な電撃を発するものも実際、存在すると言われている。


 教会の安っぽいドアを開け、中に入ると僕と同じ絶望の目をした、たくさんのキャラクター生命が声も出さずに少しだけ顔を上げるあいさつをして僕をむかえいれた。

僕もいつものように視線を向けるだけのあいさつをする。

教会のボランティアさんに何の味も香りもしない固形の配給食料を受け取る。

今日もかなり歩き回り、疲れていて、ゆっくりと寝床へ向かう。

いつもの寝床の場所には、少しキャラくずれをおこした新顔のサンリオのキティがうなだれて座っていた。何も言わず僕は横の空いていた場所に腰を下ろし静かに食事をはじめた。


 食事が終わりかけた頃、突然、めまいと軽い吐き気がおこる。

この感覚はこれまで体験した事が無かった。

頭の中に 死 と言う言葉が浮かぶ。いよいよ僕の体の中にプログラムされた寿命が作動したのだろうか…

教会のメディカルスタッフが簡単な診察をしてくれたが、もちろん何も治療法など無いのだ。

わかっていた。僕も周りのいつもの事。1匹の野良生物が死ぬだけなのだと。

痛みは無いと知っていたので恐怖は無かった。ただいつものように眠ればいい事。それで終わり。

僕は眠くなり静かに目を閉じた。

 ふと、少し前まで僕と、一緒に暮らしていた、(ニセモノの)ミニーが言っていた言葉を思い出した。

僕とは違うもぐりの造型師に作られた(ニセモノの)ミニー。

ミニーはいつも僕に言っていたっけ…

オフィシャル製造されたホンモノと言われている、ディズニーキャラクター たちと私たちとは、いったい、どこが違うのかしら。

あの 個 たちの人間を楽しませてあげようとする本能と、私たちも持っている本能もおんなじものなのに。

決して劣ってなんかいないのに…

私たちディズニーのキャラクター生命は、すべて、本物、ニセモノ問わず、人間の幸せそうな笑顔がとっても好きなのに…


 あの別れの夜、(ニセモノ)ミニーは寿命が尽きて、命の炎が消え、僕との最後の瞬間、やせ細った腕をわずかに動かし、僕の手を握りしめた。

本来、泣いたりしないはずのディズニーキャラクター生命は涙を流していた。

あのミニーは、僕よりかなり劣った技術の造型師の手によって作成された生命体だったが、まぎれもなく彼女はミニーだった。

人間の子供が大好きな、とても素的な…

わずかな時間ではあったが楽しかった、ミニーと過ごした日々を思い、夢を見ながら眠りについた。


 そして、目が覚めた時、教会の中は異様な静けさと雰囲気だった。

なぜ僕はココにいるのか。なぜ死んでいないのか?

重い体に命令を出し、上半身を起こすと、なぜか私の周りにはキャラクター生命達は、一人もいないのに気づく。


しばらくすると、背の高いがっしりとした黒い特殊スーツを着た種類の人間達が現われて、僕を取り囲んでいた。

僕は混乱していた。

僕は処分されるんだろうか。

確かに僕は、違法な手段で生まれ、存在している生物。

だが、定められた寿命が来て死にいたるその時までは、自由に生きる権利を与えられているはずだ。

勇気を出して、そう、主張しようとした時、一人の人間が現れた。 身なりの整ったスーツ姿の男性。顔を見た時、あっと驚く。

その人物は、ウォルトディズニー社の現CEO。

なぜそんな人物が僕のようなニセモノに会いに来たんだろう。


やがて僕は、そこにいる、人間達は、皆、やさしい目をしているのに気がついた。

CEOは、ひざをつき、口を開き、そこからは、美しい英語が聞こえてきた。

「探したよ…やっとみつけた…」

そして、じきに詳しい説明がなされた。その説明は驚くべき内容だった。


 僕はあの夜から1週間眠りつづけていたらしい。

その間、世界中ではディズニーキャラクター達に恐ろしいことがおこった。


つまり世界中で今、生きているのは僕だけなのだ。

これまで存在していたディズニーのオフィシャルキャラクター、そして無数に存在していた違法なキャラクターすべてが命を落としたと聞かされた。


何者かによる、悪意の仕業か、それとも生命を弄んだ神の起こした怒りの所行か…

ディズニーキャラクターの細胞のみに侵入し致死性ウィルスとして変異する病が蔓延したのだ。

ディズニー本社の研究グループの懸命な治療にもかかわらず、すべてのキャラクターは死亡し、生育中の胎児達にも影響を与え絶望的状況になる。

僕が1週間生死をさまよったのも、このウィルスの仕業だったのだ。


 担架に乗せられて僕はディズニー社の研究施設へ運ばれた。

2,3日すると僕は、元気を取り戻し歩けるようになった。

真っ白な病室で眠っていると、遠い空間からディズニー社の人間の会話が聞こえた。その人間はフランス語をはなしていた。

なぜか僕は、英語はもちろん、フランス語、日本語、中国語を理解できた。

そう、プログラムされていた。

その人間達の会話は、すべて僕の検査結果についての話しだった。

僕の体の機能は飛びぬけているらしい。

僕を作った名も無い造型師は一流の技能の持ち主だったようなのだ。

あの強力な致死性ウィルスにも耐えたのが何よりの証明。

ディズニー社は、僕を作った造型師を全力で探したようだが手がかりは何も無かった。

通常、生命体内の細胞に刻印されているはずの造型師データは何一つ、なされていなかった。

これからも僕の体の秘密は分析され、いずれは解明されるのだろう。


 1ヵ月後、フロリダ州のオークランドにあるディズニーワールドで出番を待っている1体のキャラクターがいた。

大きな耳、大きな手、大きな足を持った世界で一番有名なキャラクター。

その生命体はピンと背筋をのばし、服や履いているクツもピカピカだった。

この後、カリフォルニア州のアナハイムにあるディズニーランド、

日本にある東京ディズニーランド、ディズニーシー。フランスのマルヌ・ラ・ヴァレのディズニーランド・パリそして香港 ランタオ島にある香港ディズニーランド。最後は、最近オープンしたばかりの中国 上海ディズニーランドへの仕事がきまっていた。


 正規のただ一人のミッキーマウスとなった僕は今、幸せだった。

開園時間がきてゲートが開く。

僕はゲストたちのたくさんの笑顔に包まれていた。

「あっ!ママ!ミッキーさんがいる!!」と4歳くらいの女の子が駆けよってゆく。

遅れて駆けてきたその子の若い父親と母親も後に続き、目を輝かして微笑んでいた。


 音楽が流れはじめ、体が自然に動き踊りだす。

そして大きな声で語りかけた。


「ぼくは、ミッキーだよ」 と…



   《 お わ り 》


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