本当は
森にある川で手を洗う。今、私はどんな…醜い顔をしているのだろう
―本当は、大好きだった。
物心ついた時には自分の力を自覚していて、両親と同じ魔術師になれると思っていた…しかし、「この力を隠せ」そう祖父から言われた時、瞬時に理解した。
属性魔法も使えない、回復術も使えない…昔、偉大なる魔術師として城に仕えていた祖父と遊んでいた時に重力魔法を使ってしまい、知られてしまったのだ。
祖父は優しく、それでいて魔法に関しては厳しい人だった。重力魔法の危険性を毎日聞かされ、私は重力魔法を使わない事を約束し、ただの無能の、欠陥品として生きていくことになった。
……それでも、私は子供だった。
力を見せることはなかった。無能と呼ばれ、欠陥品呼ばれ、それでも…両親に笑いかけてもらいたかった。私という子供を、認めてもらいたかった。
それに、祖父に見せてもらっていた魔法を使いたいと思ってしまうのは可笑しい事じゃなかったと思う。
無理だと分かっていても、本を読み漁り知識だけでも取り込んだ。
―魔法の使えないお前が、魔術書など読む資格はない
私の頬を叩きながら怒鳴った父の顔を、私は忘れたことはない。
泣いても、縋っても、願っても、両親は私に何も教えてくれることはなかった。
無駄な知識だけを集め、脳に詰め込む。
唯一構ってくれていた祖父が亡くなって、私の秘密を知る者も居なくなった。魔法の知識を与えてくれる人は居なくなった。
半分閉じ込められるような形で何もない部屋を与えられた。生まれてすぐ魔法の才能を見せた弟の笑い声が響くたびに私は耳をふさいだ。
―何故、私なのだろう
―何故、あの子は魔法を教わっているのだろう
―何故、なぜ、ナゼ?
苦しかった。醜い嫉妬だったのだろう。
どうして、両親は私に笑いかけてくれないのだろうか。
魔法がダメなら、巫女である母が使う医療術ならできるかもしれない。
そう思って母に縋り、そして突き飛ばされたこともあった。魔法が使えないのに医療術など使える訳がないと、冷たい目で見下された。
泣けば泣くほど、両親は私を怒鳴った。
両親の後ろには魔法書を抱いた弟がよく立っていた。弟を睨みつければ、部屋に閉じ込められた。
何度も祖父に会いたいと願ったか。
―もう、涙も出なかった。
私はこっそりと部屋を抜け出し、森の中で頭に詰め込んだ知識を引っ張り出して勉強し始めた。誰にもバレない様に…。祖父に言われたように、少しずつ重力魔法の制御だってやった。
秘密の特訓。でも、一度だけそれを見られたことがあった。
元軍人 ノン
今私の目の前に立っている、この男だ。
「いるかやるかとは思っていたが…」
「説教は受け付けない。私は後悔などしていない」
「偉大な魔術師の夫婦が殺されたんだ。それも、あんな異常な力で…大事になるのは目に見えているだろう?」
「…だから?」
あの時…弟に向かって振り上げたナイフを弾き飛ばした男が呟く
「はぁ…お前は自ら弟に重力魔術師とばらしたんだぞ」
「だから何?」
「弟次第では…これからお前は国から追われる立場になったということだ」
「ふぅん」
「お前な…」
「わかってるよ。興味がないだけ」
険しい顔をしているノンを無視して、弟につけられた頬の傷口を触る。まだ血が出ていたが赤い光がでて血が止まる。
「…」
血は、止まった。でも傷跡は残る。
やはり私は「欠陥品」なのだと改めて思った。喧嘩でできた腕の傷跡も、くっきりと残っている。
「ノンはさ…」
私はノンのほうを向かずに呟いた
「私みたいな欠陥品、どうすればいいと思う?」
「…」
「私だって好きで欠陥品になったんじゃない…。私だって…普通に魔法を習って、医療術を習って!…私の事認めてほしくて…!」
視界がぼやけて久しぶりに大声で叫んだ。涙がでても、血がついている手で拭うこともできなかった。
「ねぇ、私は、どうしたら、いいの?」
苦しかった。認めてほしかった。それだけなのに。
後悔はしてない。してない。してない。
「なんだよ…幸せな、家族って…そんなの、私知らないよ。どうしたら、いいんだよ…」
もう、何を言っているのか私にもわからなかった。
月に向かって叫んでも、返事なんて来やしない。涙だけが増えていく
「お前の名は、欠陥品なんて名前じゃないだろう。自分でそんなことを言うもんじゃない」
ノンが低く、重みのある声を私に投げかけた。
「しばらく、俺がお前を保護してやる。…ただし、条件だ」
ノンは私の頭に手を乗せた
「もう二度と、自分を欠陥品扱いするな」
―5年
あっという間だった。
森にあるノンの隠れ家で体術や銃、剣術を教わった。
5年もたったんだ、気づけば弟の名は優秀になっていた
優秀だった少年は立派な青年になり、上級魔術師になっていた。新聞に載るあの青年が、あの時震えていた弟とは思えないほどしっかりしていて、思わず口元が緩む。
何故だろう。あの時手にかけようとした少年が元気にやっているのに、私は嬉しくなっていた。
「ノン、客が来てる」
ノンは元々教官で、今も時々弟子がやってくる。もういい歳だから皆気を使っているのだろう。
「やぁ、ノン。久しぶりだな」
「おぅ、お前か」
今日来たのはノンの同僚だった。
もう日が暮れ始めていて、つまみと酒を持ってきたようだ。私はそっと隣の部屋に移動する。
「んじゃ、ごゆっくり」
「ゴホッ…グッ…」
胸が痛い。苦しい。息をするのも辛い。
「クソ…」
簡単に分かる。これが何を意味するかを。
―重力魔術師は…短命だ。魔法を使えば使うほど心臓に負荷がかかる。
あぁ、そうだね。そうみたいだ。
「ごめん、じぃちゃん。もうすぐ…会えるかも」
手に付いた自分の血を見ながら、私は笑った。
前回の誤字指摘ありがとうございました!