端書
かつて、世界は一つの卵のようであった。
陰も陽も無く、深い混沌のみが息づく世界において、唯一僅かな光明が、永い年月をかけて天と地とを生み、その後に神が生まれた。初めは三柱のみだったが、やがて天地双方の道により八柱の神が現れた。八柱の神のうち最後に現れた男神の伊弉諾尊、女神の伊弉冉尊は、天浮橋から天之瓊矛を差し入れて海原を作り、さらに矛から滴り落ちた潮は磤馭慮島を成した。磤馭慮島へ天降った二柱は、そこで日本の島々や自然の祖となる神々を生んだ――わが国初の国史とされる『日本書紀』では、日本の成り立ちをこのように記している。
天地に神々が住まう時代から、神武天皇の東征を経て、人の時代へと移り変わる――日本書紀や、それに先んじて成立した『古事記』では、細部の違いこそあれども、古代日本の礎が築かれる様子が克明に記されている。
だが、これら『記紀』が成立するよりも前に、日本――ヤマトには幻の歴史書が存在していたことをご存じだろうか。本作は、記紀よりも先に生まれ出た日本初の歴史書を巡り、大王(天皇)や王族、豪族、その他さまざまな者達が時に翻弄され、命を落とし、また、新たな時代を築き上げるまでの物語である。