9
父である国王陛下と宰相であるレオポルド=グランジュは陛下の執務室で連日アンジェリークの父親であるレナルド=アライス侯爵と話し込んでいる、その場に俺を呼ぶことは無いが魔獣事件の事で何か進展があったと考えられる。
しかし奇妙な話だ、アンジェリークの父親は王宮で財務管理の長ではあるがそれ以外の王宮の事には興味を示さない人であったはずだ。
魔獣事件にアンジェリークは確かに深くかかわっている、と言うか魔獣を倒したのは彼女自身だ、だから父親である彼がこの事件に興味を示したのか?それともそれとは別の財務に関わる何かがあったのか?
父は俺にその話をしないので今何が起こっているのかは分からない、宰相の息子であるレミに聞いても彼も話を聞かされていないみたいで何もわからないと返された。
「レミ陛下たちは何をこそこそと話しているんだろうな?」
「私に聞かれましても分かりませんよ、今までこのような事は無かった父にしても陛下にしても次の世代を育てるという名目で色々な仕事を任されてきました何かを隠すと言う事は今までなかったのですが」
「じゃーあれか、アンジェリークが俺との婚約を破棄したいとでも言っているから親同士が話し合いしているとかか?」
「殿下自分で言って傷つかないでください、今凄い情けない顔していますよ」
「分かっている・・・」
「それもないんじゃないですか?アンジェリーク嬢は素直な方です、殿下と婚約破棄したいとお思いなら殿下にもその意を伝えてくると思うのです」
レミの言い分に俺はそうだなと素直に思う、アンジェリークは素直だ、思ったことが全て顔に出てしまうタイプの人間だ、今は顔を合わせる機会は無いが、それでも隠し事などできるタイプでもない。
彼女からの手紙から最近は頻繁ではないが手紙のやり取りをしている、彼女の最近の趣味は武術の稽古らしくあんなことやこんな事が出来るようになったと楽しそうに書かれていたが、婚約破棄をしたいなどとは書かれていなかった。
手紙の内容を思い出しため息が出る。
「しかし何故武術の稽古なんだ?そんなにあの事件で俺は頼りなかったか?否、頼りなかったな・・・」
「だから自分で言ったことに自分で傷つかないでください」
レミの言葉に苦笑いしかできない。
「自己防衛でしたっけ?守られるだけの女ではいたくないと書いてあったのでしょ?私はアンジェリーク嬢の考えに賛成ですね、彼女は攻撃魔法を得意としていますあの事件でも見事魔獣を仕留めています、それにあの事件の日王宮内の警備は手薄になっていた、陛下が視察に出ると言う事で多くの兵が陛下と共に外に出ていたのは確かです、それだとしてもおかしいです、お茶会には多くの貴族令嬢にご子息が参加していた、なのにお茶会の警備をしていたのが王妃直属の近衛兵だけだったなんて」
レミの言葉に俺は頷く、あの日会場の警備に王妃直属の近衛兵が警備につくのは普通の事だ、だが王妃の近衛兵は人数が多いわけではない、優秀ではあるがあの魔獣を相手するには戦力不足だ、俺が戦力と考えられていたとしても王族の俺を危険にさらすことを陛下や宰相が良しとはしないはずだ。
それに前日に厳重に警備するようにと近衛兵以外にも兵を置く手配は済んでいた、だから自分の近衛兵を陛下の警備に送り出したのだから、だがあの日警備は王妃の近衛兵だけだった。
「誰かが何かをしていると考えて間違いないが、陛下や俺の指示で手配されるはずだった警備兵を無かったことにできるとなると王宮に精通して権力を持つ者だ、一筋縄で見つけ出せないだろうな」
「でしょうね・・・」
レミは眉間にしわを寄せ苦悩の表情を浮かべている。
やはり何かが起こっていると考えて間違いないが、何が起こっているのか何一つ掴めていない、セベイア国が絡んでいるのかそれともただの王宮内の派閥争いなのか・・・
そして思い出す昨日珍しく王宮にいた人物の事を。
「そう言えば久しぶりにアンセリムに合ったなあいつが離宮から出てくるなんて何が起こってるんだろうな」
「アンセリム殿下ですか?確かに珍しいですね人見知りで離宮に引きこもり政務に関心が無いですからね」
俺の腹違いの弟は極度の人見知りだ、小さい頃から離宮に引きこもり何をしているのか分からない、だが仲が悪いわけではない子供の頃は一緒に遊んだりしたし俺とは普通に会話ができる。
彼は王位に興味がない、出来れば廃嫡されたいとよく漏らしていた。
だが彼が王位に興味がないからと言ってそれを周りが許すはずがない、特に彼の母親エミリーは自分の身分が低かった事がコンプレックスだったようで息子に王を継いでほしいと強く願っている。
俺はエミリーの事が苦手だ、いまだに彼女が側妃な事も納得できていない、側室ならまだ納得できるが側妃となると王妃の次に権限を持つ者だ、父が何を思って彼女を側妃にしたのか今も分からない。
「王位争奪戦でも始まるのですかね?王宮内としては第一王子であり正妃様の息子である殿下が王位を継ぐことが有力視されていますが、第二王子派も側妃様を中心にそれなりにいますからね」
不吉な事を平然と話すレミはやはり食えない奴だと思う。
「不吉な事を言うな・・・側妃様も第二王子派も少しはアンセリムの事を考えてやればいいのにな、あいつは王宮の舞踏会に参加しても物陰に隠れるようにしているし自分の母親にさえ脅えている、俺とは普通に会話できるのに父上やその他の機嫌をうかがうようにビクビクしている俺はあいつには心安らげる場所で信頼できる女性と幸せな家族を作ってほしいと思っているんだが、側妃様にしたら厄介者を追い出したいだけだと思われるんだろうな」
「間違いなくそうでしょうね、側妃様は殿下の事が大嫌いですからね」
レミの返事に苦笑いしか出ない、だが彼の言葉を否定もできない。
嫉妬や妬みで染まった側妃のあの目を思い出すだけで嫌な気分になる。