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 ハァハァと荒い息を吐き出しながら薄暗い螺旋状の階段を駆け上がる、階段は何処までも続き終わりが見えない、それでも足を止めることは出来ない、助けなければいけない無事でいてほしい、そう願いながら登っていく。

そんな自分をもう一人の自分が止める『ダメだその先にあるのは絶望だ』螺旋階段の先の部屋には絶望があると知っている自分が何度も階段を駆け上がる自分に話しかけるが、その声は彼には聞こえていない。

「もう少しだあの部屋に彼女がいる、どうか無事でいてくれ」

祈りにも近い言葉にその先にあるものを知っている自分が「行くな」と叫ぶが、彼にはやはり聞こえていない。

荒い息を整えることもなく目の前に現れた扉のドアノブを回すが鍵がかかっていて空かない、彼は何度も扉に向かって彼女の名前を叫ぶように呼び掛ける、だが扉の向こうからは何の反応もない。

「やめろ!引き返せその先にあるのは絶望だ!」

もう一人の自分が聞こえないと分かっているのに彼に話しかける。

「今助けるから、どうか無事でいてくれ」

彼は彼女の名前を呼びながら開かない扉に何度もその体を勢いよく打ち付け扉を開けようとしている。

彼の後に続いていた護衛は彼よりも後方にいるようで、数人の足音が薄暗い螺旋階段から響いている。

何度目かの体当たりで扉の蝶番が壊れたのだろう、扉は傾き部屋の中が見える。

「ダメだ見るな!」

叫ぶように彼に話しかける自分の声はやはり彼には聞こえていない。

扉を荒々しく蹴り倒し彼が室内へと足を踏み入れる。

「あぁ・・・嘘だ・・・」

部屋の中の光景に彼は小さく声を漏らし、彼が助けたかった人が倒れる粗末なベッドの側に歩いて行く。

薄い布で藁を包んだだけの粗末なベッドの上に彼女は倒れている、その周りには赤い血がこびりつき、彼女がもう生きていないことをありありと示している。

「何故・・・間に合わなかった・・・」

彼は苦しそうに言葉を吐き出すと、倒れている彼女の顔を見つめる。

薄く開かれた彼女の紫水晶の瞳には光は無く何も映し出していないことが分かる。

無数の星が輝くように光っていた瞳は暗く濁り彼の姿を映してはくれない。

「嘘だ・・・起きてくれ・・・お願いだからもう一度その瞳に俺を映してくれ・・・」

願うように彼女に話しかけ抱き起こすが彼女は何も反応を示さない。

「あぁ・・・」

彼女をその胸に抱きしめ小さく声を漏らした彼の瞳から次々と涙が流れだす。

「嫌だ!やめてくれ!もう見たくない!」

もう一人の自分が叫ぶように声を出すと急に今あった風景は掻き消え自分の部屋の天井の模様が飛び込んできた。

「また、あの夢か・・・」

小さく呟いて俺はベッドから起き上がり水差しのある場所へと移動する。

彼女と婚約してから見るようになった奇妙な夢、それはあまりにもリアルで幼かった俺はこの夢を見るのが怖かった、成長した今は怖いと言うよりも悲しさと無念さ、後悔しても後悔しきれない思いで胸が苦しくなる。

コップに水を注ぎ一気に飲み干す、生ぬるい水が食道を通る感覚に現実に戻ってきたと少しだけ安心を感じる。

彼女は生きている、自らナイフで首を切り裂き血だらけになって倒れていた彼女は今の彼女ではない。

今の彼女の瞳は輝いている、紫水晶を思わせる夜闇に近い紫の瞳は今も無数の星が輝くようにキラキラとしている。

「アンジェリーク・・・」

小さな声で彼女の名前を呼んでため息を吐き出す。

夢の中で息絶え倒れていた彼女の顔は自分の婚約者であるアンジェリークに瓜二つで、時々夢なのか現実なのか分からなくなる時がある、何故彼女が自らの命を絶ったのかそれは分からない、夢はいつも同じところだけを見せるだけで、その先もその前も見たことがない。

それでも彼女が命を絶たねばならない状態にしたのが自分なのだと夢の中の彼の嘆きや悲しみや後悔の念が教えてくれる。

守ると約束したのに守れなかった、あんな薄暗い塔の中で一人閉じ込められ寂しかっただろう、怖かっただろう、不安だっただろう。

ただの夢として割り切ることもできるはずなのに何故かそれができない、あまりにもリアルな夢、彼の苦しみが自分の中に広がりそれが現実なのだと言っているようで悲しくて仕方がない。

再び深いため息を吐き出し視線を机の上に向けると、そこに薄紅色の封筒が置かれているのが見える。

今朝アンジェリークから届いた手紙、内容は最近の自分の身の回りの出来事に執務で忙しい俺を労う言葉と・・・あの事件があった日に送った薔薇の花弁。

あれから一カ月以上経っているので薔薇の花弁は瑞々しいものではなく乾燥され色も少し褪せた赤色に変わっていた。

きっと彼女が俺の提案したように薔薇をドライフラワーにしてくれたのだろう、送った薔薇を大切にしていてくれることに心が少し晴れる。

会いたいと思う、でも巻き込みたく無いとも思う、あの事件以降彼女は自分から離れていこうとしているような気がする、俺はそれを受け入れるべきなのだろう、あの夢のようなことが起こらないように、でも放したくない。

「どこまで俺は強欲なのだろうか・・・」

彼女の手紙にそっと指を添え、薔薇の模様の入った薄紅色の封筒を見つめる。

彼女は俺が薔薇の花が好きだと思い込んでいる、別に薔薇に限った事ではないが俺はさして花に興味はない、薔薇が好きというよりは彼女と初めて出会った場所が王宮の薔薇園だっただから思い入れのある花ではある。

 自分がまだ10歳だった頃王族として生まれた俺は自分に媚を売ろうと集まる大人達が嫌いだった、今も好きではないが彼等とうまく付き合うのは王族としての務めの一つでもある事は理解している、けれどあの頃はまだそれが理解できずに逃げ回っていた。

人が居ないところだったら何処でもよかった、色々なところに逃げ回って見つけた薔薇園そこは庭師のエルヴェが淡々と薔薇の世話をする場所で、自分に媚売る大人達が近づかない場所だった、あの時は彼等が何故近づかないのか知りもしなかったが、今はその理由を分かっている。

彼等はエルヴィの見た目を気味悪がって近づかないのだ。

エルヴィは幼い頃にかかった疫病が原因で顔の右半分が爛れ目も失明して白く濁っている、だが彼の庭師としての腕は良いものだ、彼の育てた薔薇はどれも美しく咲き誇り王族の者達の目を潤わせてくれる。

父も母も俺も弟も彼の見た目を気にはしない、弟の母親だけは彼を気味悪がって近づかないのだが。

初めて彼を見た時は驚いたが彼は見た目とは違い心優しい、だが私達に媚を売りたい彼等には醜く怖いものに見えるのだろう、だから王宮の薔薇園には王族以外近づきはしない。

そんな薔薇園で彼女アンジェリークと初めて出会った、美しく咲き誇る薔薇の花々の中で彼女は楽しそうに薔薇の香りを楽しんだり、エルヴィに薔薇の品種の違いなどを聞いていた。

大人でも気味悪がるエルヴィの見た目をまだ8歳の彼女は気にすることもなく楽しそうに彼の話を聞いていたのだ。

亜麻色の髪を風に揺らしながら「この薔薇はいつ咲くの?」とドレスが汚れることなど気にせずしゃがんで作業するエルヴィと同じ視線になるようにちょこんと座っている彼女の後姿に惹かれた。

「お嬢様は変わった人ですね、ワシの顔を見ても普通に話しかけてくるなんて事情を知っている王族の方々位ですよ」

エルヴィの皮肉の混じった言葉に彼女はすぐに答えを返した。

「そりゃ最初は驚いたわ、でもこんな綺麗な薔薇の花を咲かせるなんて凄いと思うの、それに見た目は怖くてもきっとあなたの心は綺麗なのよ、だから薔薇たちはこんなにも綺麗に咲いているのだわ」

後姿でその表情は見えなかったのに何故かその時俺は彼女が楽しそうに笑っているのだと思った。

「変わったお嬢様ですな」

エルヴィはそう答えると次の薔薇の世話をしようと立ち上がりこちらに体を向ける、彼女もエルヴィについて行こうと思ったのだろう、同じようにこちらに顔を向ける。

深い夜闇を連想させるような紫水晶の瞳の中には無数の星があるかのようにキラキラと輝いている。

「おや?殿下またこんなところに来てあまりサボっていますと陛下に怒られますぞ」

俺の存在に気づいたエルヴィが皮肉交じりに話しかけてきた、その隣にいた彼女は驚いたのか俺を見つめて少しの間固まっていたが、すぐに綺麗なカーテシーで挨拶する。

「顔を上げて、そんなに改まらなくていいよこの薔薇園は爵位や階級なんて気にしなくていい」

王族として扱われるのが嫌でこの場所に逃げ込んでいた俺はこの場所で改まった挨拶をされるのが嫌だった、エルヴィは俺に改まった話し方をしない、彼が彼のままでいてくれるからこそ居心地のいい場所、だから彼女にも普通でいてほしかったのかもしれない。

「いいのですか?」

彼女はおずおずと顔を上げると不思議そうに俺を見つめる。

「いいんですよ、ワシなんて平民なのに殿下に普通に話していますし、たまに怒ってやりますよ」

エルヴィが笑いながらそんな事を言うので彼女は不思議そうにしていた顔を綻ばせて俺に笑いかけてくれた。

「初めまして殿下、私はアライス侯爵家の長女アンジェリーク=アライスと申します」

「丁寧なあいさつをありがとうアンジェリーク私は第一王子のカミーユ=ベクラール、この薔薇園では殿下ではなくカミーユと呼んでくれ」

俺の申し出に彼女は眼を見開いて驚いていたが直ぐに微笑んで「はい」と大きな返事を返してくれた。その笑顔が可愛くてきっとその時俺は彼女を好きになってしまったのだろう。

この出会いからたまに薔薇園でエルヴィと三人で他愛の話をするようになっていった。

最近の出来事や兄弟の話や薔薇の話や彼女の好きなお菓子の話、俺にとってあの時間は汚れた大人達に囲まれて荒んだ心を癒してくれるかけがえの無いものだった。

そんな時間がずっと続けばいいのにと思っていた頃、父に「最近楽しそうだな?いい事でもあったか?」と聞かれ俺は素直に彼女の話をした、父は俺の話を楽しそうに聞いて「アライス侯爵家と繋がりを持つことはお前にとっていい事だな」などと何かを納得したように言ったが、あの時は何を言っているのか理解は出来なかった。その数ヶ月後に彼女との婚約の話がまとまったと聞かされた。

話を聞いた時驚きはしたが、嬉しさが勝っていて気づきもしなかった、自分の軽はずみな行動が彼女を巻き込むことになったのだと気づいたのはあの夢を見るようになってからだった。

薔薇園での三人での語らいは婚約と同時に無くなり、婚約者なのだからと彼女と会うのは正式な場所でばかりになってしまった。それでも彼女との時間は楽しく有意義な時間だったがあの夢を見るようになってだんだん怖くなっていった、始めは夢なのだからと思おうとしたが、あまりにも血に濡れ倒れていた彼女と目の前で微笑んでいる彼女が似ていて夢を夢だと思えなくなっていった。

徐々に会話は減り目も合わせられなくなっていった、それでも彼女は必死に俺に話しかけてくる、その姿を可愛いと思う、本当はドロドロに甘やかして彼女が自分に依存してくれればいいのにと思っているのに、彼女があの彼女と同じ運命をたどりそうで恐ろしくて彼女に優しくできなくなってしまった。

形式ばかりの俺の態度に彼女はいつか俺を嫌いになるだろう、そして彼女はいつか何処かに行ってしまうのだろう、それを止めることは俺にはできないのに、それでもどうか離れないでくれと願う俺は何処までも愚かな奴だ。

「夢は夢・・・でもあの夢が予知夢だったら・・・」

自分の恐ろしい考えに顔をゆがませ『予知夢なものか』と頭を振る。

日が昇りだして薄明るくなった部屋で『どうか・・・彼女がずっと笑顔でいられますように』と願う。


続きは来週にでも投稿できればいいなと思ってます。

誤字脱字とうのご指摘よろしくお願いします!

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