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「殿下―――」
王宮の廊下に響き渡る、甘えたような声に俺はまたかと深いため息が出る。
「エロワあれを俺に近づけるな」
「えーっヤダよー俺が尽き纏まれることになるでしょそれ」
「俺は忙しい、これから父上とこないだの件で話をする、あんなのに付きまとわれたら仕事にならん」
俺の言葉にエロワは嫌そうな表情を浮かべていたが「ハイハイ」と返事を返しあれの元へと足を向けた。
「何なのでしょうね彼女?こちらが迷惑していることに気づかないのでしょうか?」
「あれに常識を求めるほうが間違っていると俺は思うが」
俺の辛辣な言葉にレミは苦笑いを浮かべる。
「確かにそうですね、彼女に常識を求めた私が間違いでした、しかし凄いですね厳重な警備が布かれ入城する者を規制しているのに彼女は毎日きますね」
俺にあれと呼ばれレミに彼女と呼ばれている人物テレーズ令嬢はあの事件から何故か毎日城にやってきて俺や俺の周りの者に付きまとっている。
はっきり言って迷惑でしかない、彼女の家の爵位は伯爵で爵位が低いわけではないが俺や俺の周りの者になれなれしく話しかけていい身分でもない。
「伯爵には迷惑と伝えているのだが娘可愛さか『城内での仕事を手伝ってもらっているので』と毎日連れてくる・・・親子共々追い出してやりたい」
彼女の父親サムソン=ロア伯爵は城内に搬入される食糧や装飾品など全ての荷を管理する仕事をしている。最低限の者しか入城できないようにしている城だが、彼はその最低限の中の入っているのだ。
「仕事ですかーにしては城の中をうろうろとしていますよね彼女」
「明らかに仕事していないのは分かいるが貴族連中と揉めるわけにもいかんだろ、こんな時に強く言えないのが王族なのだから仕方がないだろ」
「まーそうですね、微妙な力加減で動いていますからね王宮は」
彼は小さくため息をつくとエロワにこちらに来ることを止められているアレに視線を向けてまたため息をつく。
「彼女の事は今後対策を練りましょう、伯爵は常識が無いようですしそこら辺を陛下と父に伝えてどうにかいたしましょう」
レミの言葉に俺は苦笑いを浮かべる。この国の第一王子には従えないが王と宰相を敵に回すほど伯爵も馬鹿ではないだろう。
「そうだ!殿下アンジェリーク嬢には手紙をお出しになりました?」
俺の婚約者の名前が急に出て少し驚く、そして今その名前を出すレミに苦笑いを向けた。
「なんで今その名前を出す・・・今から散々俺はその名前を聞かされる可能性が高いと言うのに・・・」
「知っています、わざとですから」
何やら意味ありげな笑みで話す彼に俺はまたため息が出る。
「あの事件から全然連絡取ってらっしゃらないですよね?前のアンジェリーク嬢は会えない時はまめに手紙をくれていたのに何故でしょうか?」
そんな事を聞かれても俺には分からん、あの事件の日彼女は今までの彼女にはありえないような行動をとった。
今までの彼女は貴族令嬢らしい女性、控えめでいつもニコニコと笑って話しかける愛らしい彼女が矢を射る姿など今まで見たことも無かった、あの時の彼女は愛らしい女性ではなく凛々しかった。
「自分をちゃんと守ってくれない婚約者に愛想でもつかしたんじゃないか?」
自分の不甲斐なさに苦笑いを浮かべて返事を返したらレミも苦笑いを浮かべる。
「私はあの場にいなかったのでわかりませんが、聞いた話だと魔獣と戦うには無理な状態だったと思いますよ」
あの時の不甲斐ない状態を思い出してため息がまた出る、彼女を守る気でいたし他の客人も母親も守る気でいた、なのにそれが出来なかったあれのせいで。
「かっこいいところアンジェリーク嬢にお見せ出来なくって残念でしたね」
クスクスと笑いながら話すレミに少しばかりの苛立ちを感じるが、彼はいつもこんな感じなので苛つくだけ損だと無視して重厚なドアをノックする。
しばらくして部屋の主であるこの国の王であり俺の父親のミカエル=ベクラール陛下の「入れ」の言葉に従い扉を開ける。
「無視ですか?酷いなー」
レミが文句を言っていたがそれを無視して陛下の執務室に足を踏み入れる。
「もう最悪っすよ!父親のとこまで連れて行く間ずっと腕は絡ませてくるは、しな垂れてくるは、気色悪い顔で見つめてくるはしかも到着してからもなかなか離してくれないは!女にもてるのは俺だって嬉しいですよ!でも彼女は無理!」
あれを伯爵のところまで送り届けて帰ってきたエロワは興奮気味に文句を言いまくっている。
「わかりますねー目に浮かぶようにわかりますよー彼女しつこいですもんねー」
エロワの話を苦笑いを浮かべながら聞いていたレミが返事を返すとエロワは何故か俺に泣きついてきた。
「殿下―どうにかしてくださいよー彼女のせいで俺禿げそー」
執務机の上に乗って俺に抱き着くエロワのせいで読みたい書類が読めない。
「あれの事は今日宰相や陛下にも相談した近日中にどうにかなると思うから俺に抱き着くな」
「マジで?やったー!さすが殿下やればできる男ですね!」
何がやればできる男だ!彼は幼少のころからこんな感じだ、俺とレミとエロワそれに今は騎士宿舎にいるカジミールは幼い頃から仲が良い、職場が同じ二人とは今もこうして昔のように気を遣う事なく接することのできる数少ない友達だ。
カジミールとも会えば気を遣う事なく付き合える友達であるが、今は職場が離れていて滅多に合わない。
「で!あの事件の今後の対策とかどうなったんすっか?それにアンジェリーク嬢には手紙書きました?」
「事件の対策はまだどうにも対処にしようがないとなった、侵入経路が分からんのだから未然に防ぐにも限界がある、で、アンジェリークの事は今関係ないだろ」
今度はエロワにアンジェリークの話を持ち出されて苦笑いが漏れる。
「えーーーっまだ手紙書いてないんすっかー好きな女にはグイグイ行かないとダメだって!なーレミお前もそう思うだろ?」
どうしても彼女の話がしたいらしいエロワは事件の対処の話など無視して彼女の話を振ってくる。
彼女の事は考えているが今はそれどころではない、魔獣がどうやって城に侵入したかそれを解明し対策するのが一番重要だ、それに彼女は中止になっているが王太子妃教育で毎日王宮に通っていた、国で一番安全でなければならない王宮に魔獣が現れたのだから彼女の身の安全を考えるなら王宮には近づかせるわけにはいかない。
国で一番な安全なはずの城に魔獣が出たのだから、彼女の屋敷が安全かどうかは分からないが、王族を狙うために魔獣が城内に運び込まれたと考えるならここが一番危険な場所になる。
「殿下は素直じゃないから、好きな女性にも素直に好きだって言えない小心者だから」
何か酷い事をレミに言われた気がするがここで口を挟むとろくなことにならないので無視をすることにした。
「また無視ですか?殿下はアンジェリーク嬢の事になるとすぐ無視なさいますよね、子供の頃はあんなに私達にアンジェリーク嬢の事を可愛い可愛いて言っていたくせに」
子供の頃の話を出されて気まずさを感じごまかすように声を少し大きくして話す。
「煩い!仕事する気がないなら出て行け、気が散る」
これ以上彼女の事を話し続けられるのは気まずいので二人を追い出そうと声を掛ければ、二人は文句を言いながらも執務室を後にした。
窓の外に視線を向けるとそこには少し欠けた月が見えた、月の色が彼女の亜麻色の髪色に似ていて小さなため息が漏れる。
二人にはあんな態度を取っているが彼女の事を考えない日は無い、今日は何をしているのだろうか?彼女の誕生日に送ったピアスは気に入っているのだろうか?できれば側にいたい、守りたいそう想ってはいるが幼い頃は言えた言葉が今は伝える事すらできない。
魔獣が城内に侵入した、それはこれから起こる事の序章ではないのかと思えてならない。
王宮内は安全そうで幸せそうに思われているのかもしれないが決してそうではない、王宮内の派閥争いは常にある、しかも近隣国特にセベイア国とは表面上は上手くいっているがいつ彼等が攻め入ってくるか分からない緊張状態である。
あの国は小さな国だ、そして貧しい国でもある、山間部にあるため平地も少なく冬が長い、作物を育てるのも日照時間が少なく収穫量は少ないうえに金になる資源も少ない、その為常に豊かな資源のあるこの国プロメティア王国の土地を狙っている、そしてあの国との国境付近で最近金脈が見つかったと宰相が言っていた、近場にそんな金になる物が見つかったのなら彼等は確実にそこを狙ってくるだろう。
あの国は武力の国ではあるが知力の国でもある、闇雲に攻めてくるのではなく絶対にこちらの足元をすくう作戦を立てるに違いない。
一番簡単なのは国内を混乱させる事、武力を二分すれば彼等の少ない兵力でも勝算はあるはずだ、なら一番簡単に国内を不安定にさせる方法、跡目争いで王宮内の派閥を分裂させにかかるだろう。
父は健康にも問題なく元気ではあるがいつ何時何が起こるか分からない、現に魔獣騒ぎで王である父の立場は揺らぎ始めている、王宮内の責任は王である父にあると多くの貴族達は考えている。
「できればこんな醜い争いに彼女を巻き込みたくない、それに大切な人を守れない悲しみなどもう二度と味わいたくない」
醜い争いに彼女を巻き込みたくないと思うのに、彼女の隣に自分ではない他の男が立ち微笑み合う姿も見たくない、自分勝手な考えに虫唾が走るのにいまだに彼女を手放せないでいる。