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今回は残虐なシーンがあります。
ご注意ください。
「あれ?真衣はまだ帰ってきてないの?」
朗らかに笑う彼は真衣ねぇの恋人で決して悪い人ではないと思う、だけど私はこの人が凄く怖い。
真衣ねぇが施設に入る事になったのは両親の虐待が原因、特に父親からの暴力が酷く何度も骨折させられたりしたそうだ、それが原因なのか真衣ねぇは男性が苦手で今まで恋などしてこなかったと本人から聞いた事が有った。
そんな男性恐怖症の真衣ねぇが選んだ人なのだから悪い人じゃないと思うのに、彼の視線が夢の中の男と同じような気がして恐怖で体が固まってしまう。
「遅番の人が・・・用事で遅刻するとかで・・・少し帰りが遅くなるて・・・」
「ふーんそうなんだ」
真衣ねぇの恋人なのだから彼女の部屋の合鍵を彼が持っているのは普通の事だ、だけど部屋の主が居ないのに彼は気にした素振りも無く普通に部屋の中に入ってくる。
彼と真衣ねぇの中でどんな決め事がされているのかは分からない、部屋の主が留守でも勝手に部屋に入っていいと真衣ねぇが許しているのかもしれない、でも今はそんなに顔見知りでもない私が部屋に居るのだから普通部屋の中に入ってくるなどしないのではないだろうか。
それに私が彼を苦手な事を真衣ねぇには伝えてある、真衣ねぇは深くは考えていなかったかもしれないけど、それでも私と彼が二人きりになる事が無いようにすると言ってくれていた。
「あの・・・真衣ねぇいつ帰ってくるか分かんないし・・・私帰りますね・・・」
わけのわからない恐怖が体を支配し始める、だからここにこのまま彼と二人きりでいることなど私は出来るはずもなく、急いで鞄を持って部屋から出ようと彼の隣を通り過ぎようとしたが、それを叶えることは出来なかった。
彼が私の腕をつかんで玄関へと向かっていた私を部屋の中へと強引に戻したのだ。
「なっ・・・なんですか?」
部屋の中に戻された私は恐怖に支配された体を何とか動かして、掴まれていた腕を振りほどき体を後退させる、少しでも彼と離れたかった。
「やっと二人きりになれたんだ・・・色々と君と話がしたいんだよ」
ニヤニヤと怪しい笑みで私を見つめる彼が今何を考えているのか分からない、ただ怖いそれだけしか考えられなかった。
「私は・・・貴方と話す事なんて何もないです・・・」
「酷いなー君は昔からそうだね、僕じゃなくいつも兄さんの方ばかり見てうっとりしていた」
彼が何を言っているのか分からない、私は彼の兄弟など知らない。
「兄さんばかりがいつもいい思いをするんだ、名誉も地位も好きな人も全部兄さんが攫って行く」
彼は何を言っているのだろう?彼のお兄さんがどれほど優秀な人かは知らない、それと私は関係など無いはずだ。
「だから奪う事にしたんだ地位と君を・・・なのに君は僕を拒否した・・・」
ますます彼が何を言っているのか分からない。
彼の眼は私を見ているのに見ていないそんな感じで、その光景にただただ私は恐怖する事しかできない。
「今回は君がいない世界だったから寂しくって仕方がなかった、だから仕方がなしに違う女性を選んだんだけど、真衣は優しいから凄く癒されたけど、君を見つけちゃったんだ、だから仕方がないいよね」
「何を言ってるのか分かりません・・・私は貴方の事なんて知らない・・・」
「今回は拒否しないでよ・・・ずっと君が好きだったんだ、君が兄さんと結婚してからもずっと思い続けていたんだ、前回は失敗しちゃったけど今回兄さんはいないから大丈夫でしょ?」
じりじりとこちらに近づいてくる彼が怖くて、彼が言っている事の意味が分からなくて恐怖で彼から離れようと必死になるけど、それほど広くない部屋で逃げられる場所など限られていて、後退した足がクローゼットの扉にあたる。
「嫌・・・こないで・・・」
恐怖で震える体を何とか動かして、私は彼から逃げるために持っていた鞄を振り回して玄関へと走り出した。
「何で逃げるんだよー僕を拒否するなんて絶対に許さない!兄さんはいないんだから今回は俺のものになってくれてもいいだろ!」
彼を突き飛ばして何とか玄関の近くまで来た私だが、叫ぶ彼が怖くて指が震えてチェーンを上手く外すことができない。
早く外れて、早く外に出なきゃ、恐怖で震え続ける自分を何とか励まして上手く動かない手を動かそうとしたけど、なかなかチェーンは外れてくれなかったが、次の瞬間何とかチェーンが外れてくれた、だがそこから外に出ることは出来なかった。
「逃げるのも僕を拒否するのも絶対に許さないよ」
いつの間にか私の後ろに彼が立っていて、私の髪を掴んで強引に私を再び部屋の中に戻してしまう。
「痛い!」
ねめつけるように見つめる彼の眼は興奮しているからなのか、異常なほど光っているように見える、その光景が恐ろしくて仕方がない。
「僕を受け入れろよ、愛しているんだサラ・・・」
「サラて・・・誰?」
サラなんて名前の人を私は知らない、彼は私を見つめてサラと呼んだけど、私はサラなんて名前じゃない。
「あぁ・・・君は何も覚えていないんだな・・・君はね前世でサラだったんだよ、僕はサラが大好きだった、でも兄さんがサラを僕から奪ったんだ、僕が先にサラを見つけたのに後から来たくせに!なのに君は兄さんを好きになった、あいつはいつもそうだ僕から大切なものを次々と奪っていくんだ!」
少し落ち着いたかのように見えた彼が話しながら増々興奮していく姿に私はおののいて何も言い返せない。
前世が何とか言っているが私にそんな事は関係ない、ただ彼が怖くて仕方がないこと以外考えられない。
「ねーサラ・・・大切にするから・・・好きなんだ、愛してるんだ・・・この思いだけで生きてきたんだ、君に会えたことは奇跡なんだ、だから僕を受け入れてよ」
「何言ってるんですか・・・貴方には真衣ねぇが居るじゃないですか・・・」
私を見つめながらサラに愛を囁く彼に私は恐怖と同じくらいに怒りを感じてしまう。
真衣ねぇは男性恐怖症だ、父親からの暴力行為で男性と上手く交流できない、職場の男性ともやっと普通に話せるようになったとこないだ話していた、それくらい男性に恐怖を感じる真衣ねぇが選んだ彼が平気で真衣ねぇを裏切るようなことを口にしている事が許せなかった。
嬉しそうに笑いながら私に気になる人ができたと報告してくれた真衣ねぇ、男性恐怖症な自分が彼と上手くやっていけるか不安だと相談してくれた真衣ねぇ、自分の事を素直に話してそれを彼が受け入れてくれたと喜んでいた真衣ねぇ、彼と向き合うまでどれほど真衣ねぇが苦しんだのかを私は知っている、なのに彼はそんな真衣ねぇの努力を裏切る事を平気で言うのが許せない。
「私は貴方の事なんて好きにならない!真衣ねぇを裏切るような人絶対に許さない!」
私は彼の事を良く知らない、知らないどころか恐怖を感じる対象でしかない、そのうえ真衣ねぇを裏切るような事を平気で言う人なんて信じられるわけもない。
「ふっふふふ・・・僕を受け入れないんだ・・・ふっふふふ・・・今回が無理なら次で頑張るよ、こうして生まれ変わって出会えたんだ、次もあるよきっと・・・」
私の拒絶の言葉が彼の何かを壊してしまったのか、異常な目つきで私を見つめながら笑う彼に恐怖以外の何も感じられなくなった。
「やだ・・・近づかないで・・・」
恐怖のせいか涙が瞳に溜まって視界を遮り始める。
怖い、誰か助けて、真衣ねぇ早く帰ってきて・・・
怖くて仕方がなかった私は手に当たるもの全てを彼に投げつけて逃げようとするが、そんな抵抗など彼は無いかのように私の腕をつかんだ、そして私をベッドの上に押し倒し、興奮で血走った目で私を見つめる。
「抵抗すんなよ、お前は僕のものなんだよ、絶対に兄さんになんかやらない」
片手で私の顎を押さえつけ不気味に笑う彼に私は必死の抵抗を試みるが、それは何の意味もなさず、彼の顔が私の顔へと迫ってくる。
「逃がさない・・・絶対に逃がさない」
恐怖に体が支配されていく、逃げ出したいのに彼の体が私を押さえつけていて逃げ出すこともできない、迫ってくる彼の顔が怖くて必死に手を持ち上げて彼の顔を引っ搔いた。
「痛いなーそんなに僕を拒否するなんて許せないな・・・今回は失敗したけど次は絶対に僕のものにするから、先に逝って待っててよ」
彼が何を言っているのか理解できなかった、ただいつの間にか彼の手に包丁が握られているのだけは理解できた。
さっき逃げようと玄関のチェーンと格闘している間に台所から持ってきたのかもしれない。
「ヤダ・・・」
恐怖で声が震えて、それしか呟くことができなかった。
鈍く光る包丁を彼は持ち上げると次の瞬間それが一気に私の体に突き刺さった。
焼けるような痛みが私の胸に走る。
「あぅ・・・あぁ・・・」
「痛いかな?でも君が悪いんだよ僕を拒絶するから」
彼が何を言っているのかは痛みで何もわからない、ただ自分がここで死ぬのかとそれだけが気になった。
真衣ねぇとまだ沢山おしゃべりがしたい、義理両親に今までの恩を返したい、美優達と他愛の無い話で盛り上がりたい、電車の中で会う彼と話してみたい、彼の事をもっと知りたい。
そんな事を思っていたら胸に刺された包丁が抜かれたのか、今まで以上の痛みが全身に走った。
心臓の鼓動と合わせるように傷口からドクドクと血が流れだしているのが分かる。
「あぅ・・・あぁ・・・あぁ・・・」
痛みのせいかまともな言葉を話す事もできない中彼が引き抜いた包丁をまた振りかぶっているのが見えた次の瞬間再び痛みが全身を駆け巡る。
「大丈夫だよ次は君が僕以外に頼れないようにするから、大好きだよサラ」
何度も何度も痛みが全身を駆け巡る中私は迫りくる死の恐怖に支配されながら、最後に見た光景が彼の顔なんて許せなくて視線を横に向けると、さっき逃げようと必死に物を投げたせいか机の上に置いてあったはずのゲームのパケージが目に飛び込んできた。
BADENDにたどり着くのがやたらと面倒と不評だらけの乙女ゲームだった、事件の解決が曖昧で何がしたいのか分からないゲームと不評だらけだった、でも私はそのゲームが大好きだった。
ゲームのパッケージのメインに描かれているヒロインではなく、メインヒーローのキャラと目が合った気がする。
私の大好きな神絵師がキャラデザインを担当した乙女ゲーム、その中でも私は悪役令嬢として描かれたアンジェリークとメインヒーローのカミーユが大好きだった。
ゲームの中では絶対結ばれない二人だったけど、私の中ではいつだって二人が結ばれて幸せになっていた。
薄れていく意識の中でゲームのパッケージのカミーユは優しく私に微笑みかけていて、それが今日視線が合った名前を知らない彼によく似ている気がして、もし次の人生が有るのなら電車の中の彼と恋がしたいと願った、夢の中の私のように恋しくて恋しくて仕方ないほどに彼を思えたなら、幸せになれたらいいな・・・
前世の話は一旦ここで終わりで、次からはアンジェとカミーユのお話に戻ります。




