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私―――アンジェリーク=アライスは前世の記憶を有している。
思い出したのは3日前なのでまだハッキリと全てを思い出したわけではないが、どうやら今の私は前世の私が好きだった乙女ゲームの悪役令嬢として生まれ変わったようだ。
何故私が悪役令嬢?と思わない事もないが記憶がそういうのだから仕方がない。
私はこの由々しき事態をどうにかして脱却しなければならない、どんな手段を使ってでもだ。
約1年後私は婚約者であるこの国の第一王子カミーユ=アライス殿下に婚約破棄を言い渡され国を追い出されるらしい?
何故婚約破棄をされるのかの理由は彼が今後出会い愛をはぐくむ相手、ゲームのヒロインにありとあらゆる嫌がらせする・・・
でも私悪くないと思うのよね、婚約者のいる殿方に言い寄る女に婚約者である私が注意をするのは当たり前の事だと思う。
だけど私が全部悪いらしい、しかも全員がそれを納得する・・・
解せない・・・
今現在私は家族から愛されていると思う、父も母も兄達も私を可愛がってくれている、もちろん私も家族全員大好きだ、なのに捨てられるとかやっぱりおかしいでしょ?
納得は出来ないがゲームのストーリーではそうなのだから、結果皆に捨てられる。
納得できない事は他にもある、ゲーム内の私の性格がその一つだ。
侯爵家の令嬢としてこの17年間真面目に生きてきた、少々お転婆ではあるが慎ましやかに生きてきたはずだ、なのにヒロインの悪評を流したりドレスに赤ワインをぶっかけたりましてや悪党にお金渡してヒロインを強姦しろとかそんな恐ろしい事できるはずがない。
現世での私はそんな酷い事思いつきもしないわ、前世の私でも無理。
納得いかない部分は大いにあるけど、とりあえず最悪の結果を招かないように私がするべきことは前世の記憶これを利用してこれから起こる事を変えていくしかない、抑止力で上手くいくかは分からないけど、それしか方法は無いはず。
それに・・・できれば殿下との婚約破棄も阻止したい・・・
私は彼が好きだから・・・
出来るかはわからないけど・・・
今日行われる王妃主催のお茶会、ヒロインと彼が出会うイベント・・・
彼に好かれていない事は何となくわかっているけど、私がやれることをやるしかない。
コンコンと控えめなノックの音がする、もうそんな時間かとノックの音に返事を返す。
「起きているわ」
「おはようございますお嬢様、今日は待ちに待ったお茶会の日です、私頑張ってお嬢様を着飾らしていただきます」
栗色の髪に翡翠色の瞳が印象的な私専属の侍女アンナが笑顔で部屋に入り、気合十分だと私に伝えてくる。
彼女アンナは私の専属侍女、私はアンナの事が大好きだ、幼い時から私の侍女として使えてくれ色々な相談に乗ってくれたアンナは男兄弟しかいない私にとって姉のような存在で、彼女が望むならずっと側にいてほしい人だ。
「お嬢様ベッドから起きてきてくださいませ、朝食を取っていただいた後は軽く湯浴みに参りましょう、今日は薔薇の花弁を浮かべています、それに香油も薔薇の香りにしました、殿下は薔薇がお好きですからきっと喜んでくださいますよ」
ニコニコと笑う彼女に心が癒される。
「お嬢様今日の朝食はお嬢様の好きなサーモンを使ったものですわ、沢山食べて頑張りましょう!」
彼女に前世の記憶がる事を相談しようかと何度となく思ったけれど、急に『前世の記憶があるの』などと言って信じてもらえるはずがない、それに前世の記憶はあいまいな部分も多くうまく説明できる気もしない。
なんとか朝食を食べ終え湯浴みを済ませた私は、アンナによって着飾られていく、この日の為に仕立てたドレスは薄紫色のプリンセスラインで胸元と裾に金糸で綺麗に薔薇の刺繍が施された派手過ぎないもの、それに合わせて用意されたアクササリーもどれも華美になり過ぎない控えめではあるが質の良いものだと一目でわかる、ただ今着ているドレスに合わない色のピアスがやけに目立つような気がする。
小さなルビーのピアス、彼の瞳と同じ色のピアス、これは今年の誕生日に彼からいただいた私のお気に入りの物。
「今日のお嬢様もお綺麗です!亜麻色の絹のような御髪も今日は一段と輝いております!それに殿下からいただいたピアスもお似合いです!」
興奮気味に私を褒めまくっているアンナには申し訳ないけど、私の気分は憂鬱でお茶会に行きたくないと思っている。
「どうされましたお嬢様?今日は朝からご気分がすぐれないご様子?お茶会に緊張されていらっしゃるのかと思ってあまり触れませんでしたが、お体の具合でも悪いのですか?」
長年一緒に過ごしてきたアンナには自分の気分などやはりバレバレで、指摘に苦笑いが漏れる。
「大丈夫よ!緊張しているのよ、そう、ただ緊張しているだけ、殿下にお会いするのは久しぶりでしょ?だから本当に緊張しているの」
慌てて答えたがアンナは納得できないのか難しい顔をこちらに向けている、そんなぎこちない状態の中部屋をノックする音が聞こえた。
この家の主であるレナルド=アライス侯爵、私の父親が返事も聞かずに部屋の中に入ってきた。
「殿下がお迎えだよ、準備はできたかな?私の可愛いお姫様」
私と同じ亜麻色の髪にサファイア色の瞳の父親はいつも私の事を『私の可愛いお姫様』と呼ぶ。
はっきり言って恥ずかしいのだけども、男前の父親にそう呼ばれるのは嬉しくもある。
前世の私の父親は普通の見た目の人だっただから私も普通の見た目だったが、現世の私は結構美人でスタイルもいい、その為か父親もかっこいいのだ。もちろん母親も兄達も美男美女で私の自慢なのだ。
「お父様たら、またそんな風に私を呼んで、恥ずかしいではないですか」
「そう恥ずかしがらないでおくれ、今日のアンジェも綺麗だ、さすが私とロレーヌの娘だけある、さっ!殿下がお待ちだあまり待たせても悪いからね行こうか?」
私は差し出された父の手を取りゆっくりと歩きだす。
吹き抜けの広い玄関の扉の前に彼は佇んでいた、その腕には深紅の薔薇の花束があった。
「アンジェリーク久しぶりだね、これは王室の庭師が丹精込めて育てた薔薇で君にとても似合うと思って持ってきた、受け取ってくれるかな?」
少し首を傾げながら私に花束を差し出してきた彼はとても紳士的で顔が少し赤くなる。
「なんて綺麗な薔薇の花束、ありがとうございます殿下お部屋に飾らせていただきますわ」
花束を受け取った私は少し花束を見つめた後、ついてきていたアンナにそれを託す。
「アンジェリーク行こうか」
差し出された彼の手に自分の手を添え、彼が王宮から乗ってきた馬車に乗り込む。
四頭立ての馬車の中は広く大人が6人は余裕で乗れる、これほど広い馬車なら向かい合って座るのが普通なのだが、彼は私の隣に座り流れる風景を楽しんでいる。
彼はとても紳士的で必要な時以外あまり話はしない、今までもそう会話らしい会話はしてこなかった、婚約者であるので度々の贈り物やお茶会や夜会には一緒に参加はするけれど話が弾むと言う事は無かった
好かれてはいないのだろうなと気づいていたけれど、彼と一緒に居たくて今まではそれを無視して彼に好かれようと必死に話しかけてきた、けれど前世を思い出してからどう対処すべきなのか分からなくなってしまっている。
今まで会話が無いだけでなく視線が合うようなことも少なかった、視線が合ったとしてもすぐ逸らされてしまうし夜会やお茶会でも婚約者として側にはいてくれたが、彼から私に必要以上に触れるようなこともなかった。
前世の記憶での婚約破棄のシーンを思い出し苦笑いが漏れる。
凍てつくような赤い瞳で私を見つめる彼に私はただただ悲しかった、出来ればあんな視線を向けられたくはない、だから私は今から起こる事を振り返るように思い出す。
王宮の中庭でのお茶会イベントそれは彼の母親である王妃様が主催するお茶会で、彼の婚約者である私の他に公爵家、侯爵家、伯爵家の令嬢ご子息が数十人呼ばれた結構大規模のお茶会だったと思う。
それでお茶会中に何故か迷い込んだ魔獣がお茶会の参加者に襲い掛かってくるのだ。
現世は乙女ゲームの世界だけあって魔獣が普通にいるし、魔法も普通に使える、なので私も彼も魔法が使える。
彼の魔法は金の魔法この魔法が超有能で攻撃魔法から守護魔法、癒しの魔法にとなんでも使いこなせるのだ、私の魔法は赤魔法で主に攻撃魔法を得意とする色、私は結構気が強いので、そんな私に赤魔法はとても相性のいいものだ。
そして彼が恋に落ちる相手このゲームのヒロインで伯爵令嬢のテレーズ=ロア伯爵令嬢は白魔法を得意とし主に守護魔法を使う、彼女は襲ってきた魔獣をその守護魔法で追い払うのだ。
この乙女ゲーム前世から思っていたことだが設定がご都合主義じゃないかしら?
現世で普通に生きている私はある程度の王都の地図が分かる、王都は意外に広い魔獣が住んでいる森は王都からかなり離れた位置にある、そこから誰にも見つからず魔獣が王都中心の王宮に忍び込み襲ってくるなど考えられない、第一この国で一番守りが厳重であるはずの王宮に魔獣が迷い込むとか大丈夫かしらこの国?
「アンジェリーク今日はやけに静だな?」
急に彼に呼ばれた私は少し驚きルビー色の彼の目を見つめる。
彼から声を掛けてくることなど今までほとんど無かった、彼は本当に必要最低限のことしか私に話しかけてこない。
「いつもは色々と話しかけてくるだろ?今日は何も話しかけてこないからどうしたのかと思って」
彼と会話らしい会話はしてこなかった、それは間違いではない、ただ私が必死に彼の気を引きたくてずっと話しかけ続けていた、私の話に彼は適当な返事を返すだけそれが今までの私達の関係。
「あっ・・・少し考え事をしていましたの、今日殿下からもらった薔薇があまりにも綺麗だったのでただ飾って枯れさせてしまうのはもったいないなと・・・」
適当に黙っていた理由を述べたが彼は納得したのか「そっか」と呟き再び視線を外へと向けた。
彼と視線が合った時ドキドキと早鐘を打つように心拍が上がった、私はこんなにも彼が好きなのかと少し寂しく思う。
「ドライフラワーにすればいいんじゃないかな?」
外に視線を向けたまま小さく呟かれた彼の言葉に一瞬何を言っているのかわからなかったが、先ほどごまかす為に言った私の話に対する返答だと気づいて私は少し頬を染めて「そうですね」と小さく返事を返した。
そこからは王宮に着くまで沈黙が続いたが、私は今までのように彼に話しかけることもできず今から起こる事への対処はどうすべきなのかと考えた。
勢いで書き始めたは良いけど終着点が分からなくなってます。