私を激辛に連れてって!
「うーん、3ヵ月で10㎏か……」
「なんだ吉澤。ダイエットに興味あるのか」
「車で大学通うようになってから少し増量したみたいでな」
スマホで気になるニュースを眺めていたところ、ダイエット関連の記事を見つけてまじまじと読んでいるのを友人に弄られる。学生時代から別に部活に勤しんではいなかったが、自転車なり徒歩なりで自然と毎日そこそこの運動はしていた。しかし大学生になり車という便利なアイテムを手に入れてしまったからなのか、自由に使えるお金が増えたり、稲本さんとご飯を食べに行くようになった結果食生活が狂ってしまったからか、身体が重くなった気がする。
「最近稲本さんと仲がいいんだろう? 一緒にジムとか誘ってみたらどうだ?」
「うーん、ジムかぁ……でも稲本さんはこれ以上運動して身体を絞ったら栄養失調になるのでは」
「お前のミルクを」
「黙れ」
真昼間から下ネタに走る友人を睨みつける。俺と稲本さんの関係はあくまで一人じゃ外食ができないからと協力しているに過ぎない。美味しいお店があったよと誘うならまだしも、ジムに誘うなんてできるものか。休みの日にランニングでもしてみるかなぁとぼんやり考えながら彼女の方を見たが、今日は友人達との会話から美味しいお店を探すことなく、熱心にスマホを眺めているだけだった。今日は彼女から連絡は来ないだろうな、と大学が終わったらジャージでも買いに行こうかと考えていたのだが、
『辛い物食べに行きましょう!』
と講義が終わる頃に連絡が入る。困ったな、俺は辛い物は苦手な方だ。辛い物なら韓国系のお店が色々取り扱っているだろうし、そういうお店はむしろ女子達だけで行くのに適しているはずだろうと、友達と一緒に行ったら? なんて返すも、
『駄目です! スマホでカプサイシンダイエットの記事を見ているのを見られてしまったこの状況で、友達とを誘って辛い物食べに行くなんてできません! 責任を取ってください!』
『俺に過失が1割もあるとは思えないけれど……俺とご飯食べに行った回数なんてそんなにないでしょ。太ったのは日頃の食生活では』
『太ってないです!』
乙女の悲痛な叫びに押し切られてしまう。太ってないならまずカプサイシンダイエットやらの記事を見る事は無いのではとなんて野暮な突っ込みは心の中に留めておいて、適当に辛い物のお店を探す。あんまり本格的な激辛料理は俺もきついから、まぁ辛いけど食べられない程でも無いよね、程度のお店が良かったのだが、
『これにしましょう!超本格派激辛汁なし担々麺』
『俺は辛いの食べないからね。苦手なんで』
『何言ってるんですか、一蓮托生ですよ』
勝手にお店を決められてしまった。女の子から一蓮托生と言われるのは時と場合によっては告白にもなり得る、男としては聞きたい単語なのだが、これほどどうでもいい一蓮托生も無い。乗り気はしなかったが仕方なく彼女を車に乗せて件のお店に向かう。店に入るや否や鼻につく香辛料の匂い。これは間違いなく本格派だ。席についてメニューを眺める。良かった、辛い物が苦手な人向けに香辛料少な目なのもある。女の子よりもマイルドなものを頼むのは若干恥ずかしいけれど、女の子の前で辛さに悶え苦しむよりはずっとマシだ。
「汁なし担々麺、大盛の1辛で」
「汁なし担々麺の3辛と、ミニ麻婆豆腐と小ライスをお願いします」
「!?」
店員さんを呼んで注文をしたのだが、俺の後に続いた彼女の発言に唖然とする。
「あのさ稲本さん。君は何しに辛い物を食べに来たか覚えてる?」
「ダイエ……適度に汗をかいて新陳代謝を良くするためです」
「じゃあ何でミニ麻婆豆腐と小ライスを頼むのさ」
「オススメってありましたし。食べ終えた後のちょっと残った汁にライスを混ぜるのが絶品らしいですよ」
「……」
前から彼女はアホの子っぽいと思っていたが、やっぱりアホの子らしい。しばらくして注文した料理が運ばれてくる。デフォルトは2辛で俺は1辛にしたのだが、1辛でもなかなか辛い。水を何杯か飲みながら、普段に比べたら長い時間をかけて大盛りを完食する。辛いものなら、俺でも自然な速度で食べられるかもしれないなと心のメモ帳に書き留めておきながら彼女を見やる。
「……! か、辛い!?」
「そりゃあ、そうでしょ」
案外彼女は辛い物が平気なタイプだったのかと思ったがそんなことは無かったらしく、数口食べただけで顔を真っ赤にして汗だくになっている。麻婆豆腐も当然ながら辛いし、最後の汁に漬けたライスなんて辛さの塊なはずだ。結局俺の倍以上の水を飲みながら、茹で上がった蛸のような表情で完食をした。
「はぁ……はぁ……いい汗かきました」
「……大体1000kcal」
「!? う、嘘ですよ、そんなの?」
「いや、嘘じゃないよ。汁なし担々麺にミニ麻婆豆腐に小ライス、大体そのくらいだよ。お店のホームページの栄養情報にも書いてある」
完食してダイエットしたつもりになっている彼女に悲しい事実をお知らせすると狼狽える。大盛を食べた俺よりも、ご飯にサイドメニューまで頼んだ彼女の方が摂取量もカロリーも多いだろう。夜はあまり食べてはいけないというのは常識だというのに。水もかなり飲んでいるので今すぐ体重を計ったらきっと悲惨なことになる。彼女を近場でおろして解散し、家に帰ってたまにはランニングでもするかなとついでに買ったジャージに着替えて外を走る。適度な運動のおかげでその夜は快眠も出来て、万全な気分と体調で大学へ向かうことができたのだが、
「……」
彼女の方はかなり虚ろな目をしている。帰って体重計にでも乗ってしまったのだろうか。しばらくは彼女と食事ごころではないだろうなと考えていたのだが、講義が終わる頃に性懲りもなく彼女から連絡が届いた。
『チゲ鍋です……チゲ鍋ならきっと低カロリーです』
『偏った食事をしても身体を壊すだけだよ。ダイエットしたいなら運動しなよ』
『ダイエットじゃないです!』
頑なに太ったことを認めない彼女に強引に押し切られ、今度は本格的なチゲ鍋の店へ。豆腐とキムチがメインの鍋なら確かにカロリーは大したことがないだろう。
「チゲ鍋の3辛、いえ、4辛をお願いします」
「チゲ鍋の1辛とライスとチヂミを」
俺は食事制限するよりも適度な運動をするタイプなので昨日とは反対に俺がサイドメニューを頼むのだが、料理を準備している最中目の前の彼女に睨まれる。
「私が我慢しているのに一人だけ……」
「我慢は良くないよ。チヂミ半分あげようか?」
「結構です」
普段から彼女には振り回されているので、たまには仕返しもいいだろうと、こちらを恨めしそうに眺めている彼女を見ながら笑いを堪える。しばらくして料理が運ばれて来て、昨日と同じく俺も彼女も水を何杯か飲みながら、それを完食した。
「今日はあまり食べてないし、汗もたくさんかきましたし、これを続ければ……」
「え、これを続けるつもりなの? 勘弁してよ、俺は辛いもの苦手なんだよ」
「次は激辛ラーメンにしましょう!」
どうやら彼女はしばらく辛い物オンリーで攻めるらしい。彼女が理想の体重になるまでこのカプサイシン地獄は続くのかと思われたが、
「……! い、痛い……っ」
翌日。大学で椅子に座ってかなりもじもじしている彼女を見てそれが終わることを悟る。そりゃああれだけ辛い物を二日連続で食べたらそうなるよ。