私をメイド喫茶に連れてって!
「こないだ彼氏の部屋に遊びに行ってさ~、彼氏がトイレ行ってる間に部屋を物色したわけよ。そしたら何が出たと思う?」
「エロ本?」
「メイド服よメイド服? マジ引いたわ。 あ、ちなみにこういうやつね」
「いやこれアンタが着てる写真じゃん。ノリノリじゃん」
「彼氏にお料理とか作ってあげたんですか?」
「それはもう、十八番のチャーハンをね」
「中華かよ」
彼女達の会話を盗聴することが日課となってしまった感のある悲しき俺。中華は女性一人では行きづらいような店もそれなりにあるだろう、いかにも仕事終わりの土木作業員がビール片手にわいわいやっているような、俺みたいなのがいても浮かないような店。いつだったか麻婆豆腐がとても美味しいお店があった、そろそろ勇気を出して、彼女を俺好みのお店に誘ってみるべきなのかもしれない。しかし変にそんなことをしたら今の関係が崩れ去ってしまうのではないだろうか? 講義もロクに聞かずにそんなことを悩んでいるうちに、彼女からメッセージが届く。
『こないだ漫画読んだ時に、チャーハンとライスを頼んで混ぜて食べるエピソードがあったんです。一度はやってみたいと思いませんか?』
『ごめんね稲本さん。俺はもうそれをやったんだよ。そして稲本さんはチャーハンとライスを混ぜて食べるほどの胃袋は無いでしょ』
『それでも女にはやらないといけない時があるんです!』
チャーハンライス。チャーハンとライスを頼んで混ぜることで、お手軽に大盛りチャーハンを作ることができるという食べ盛りには人気のセット。とはいえ最近は普通にチャーハン大盛りが100円くらいでできたりするのでやる意味は無いのだが、どうしても彼女はそれがしたいらしい。チャーハンとライスならどこの中華料理屋でも扱っているだろうと、丁度俺が久々に食べたかったこともあり、麻婆豆腐で有名な中華料理屋に一緒に向かうことに。目当てのお店は繁華街の中にあることもあり、近場に車を止めて彼女と二人で歩く。周りから見たらカップルに見えるのだろうが、彼女はそう見られても問題無いのだろうか? 今まで大学の知り合いにこの光景を見られたことは無いが、男子に見られても女子に見られても弄られることは避けられないだろう。今の俺達の関係を正直に男子に話したところで、『どう考えてもお前に気があるんだって』なんて回答が飛んでくるだろうが、女子の方はどうだろうか。傍から見たら彼女は自分の食欲を満たすために同級生を足で使っている悪女とも言える。それを彼女が正直に話すのか、『まぁ友達以上恋人未満って感じですかね?』とでも答えるのだろうか。予定調和のようにギャンブルにハマったり、食べきれない量のパフェを食べてダウンしたり、先の事をあまり考えているようには思えない彼女だけに、この先の展開は全く想像がつかない。
「……? あれ、稲本さん?」
関係について悩みながら歩いていたのだが、ふと気づくと隣に彼女の姿が無い。彼女に合わせてゆっくり目に歩いたつもりだったが、速すぎたのだろうかと後ろを振り返ると、何やら立ち止まって目を輝かせている彼女の姿があった。そこまで戻り、彼女の視線の先を見ると、
『ねこめいどかふぇ@ごほうしするにゃん』
という狂気溢れる看板がそこにあった。とても嫌な予感がする。
「一度行ってみたかったんです、メイドカフェ。しかも猫カフェでもあるみたいですよ」
「ちょっと待った、流石にこの店は俺には敷居が高すぎる。あと猫はいないと思う、猫耳つけたメイドさんだよ」
「メイド服を着た猫ちゃんの可能性もあります!」
「無いよ」
女性が一人で行くのはちょっと抵抗があるという理由で俺はついてきているのだ。彼女一人なら、メイドカフェに入ったところで、『へーこんなお店なんだー』と話のタネにやってきたという印象を与えるかもしれない。しかしこれが男女で来たとなると、まるで俺がメイドフェチで、一人で行くのが恥ずかしいから彼女を無理矢理連れてきたという印象すら周りに与える可能性がある。話が違う、契約違反だと断固拒否するものの、彼女は俺の言うことなんて耳に入っていないのか、ためらいなく店内へと入って行ってしまった。もうどうにでもなれと覚悟を決めて、俺も彼女の後に続く。
「おかえりにゃさいましぇ、ごしゅじんしゃま、おじょうしゃま」
「……?」
「あ、二人で」
予想通り店内に猫はおらず、代わりに猫耳とメイド服をつけた、20代くらいの女性達が俺達の帰りを待っていた。猫を探して店内をきょろきょろとしている彼女に代わって席を決めてお店の説明を受ける俺。指名制度やらポイントカードやらがあるようだが、常連になるつもりは無いのでその辺はスルーして、定番であろうオムライスと飲み物を二人分注文する。こんな恥ずかしいお店にこれ以上いられるか、とっとと食べて帰ろうじゃないか。
「猫は」
「だから言ったでしょ、いないんだって。猫カフェだったら看板のあたりに猫の写真を載せてるよ」
「騙されましたね」
「勝手に勘違いしただけでしょ、人聞きの悪いことを言うんじゃないよ……」
猫がいないと悟って少し冷静になり、代わりにメイド服の従業員を眺める彼女。一方の俺は衣装販売コーナーを眺めていた。俺も男だ、メイド服にはロマンを感じる。脳内で彼女にメイド服を着せてみるが、体格の問題もあって犯罪臭しかしない。
「おまたせしたにゃ!めいどにゃんとくせいおむらいすにゃ!」
「あ、ケチャップ貰えますか」
「稲本さん、ケチャップはメイドさんが今からかけるんだよ」
しばらくしたらメイドさんが何もかかっていないオムライスをテーブルの上に置く。メイドさんがケチャップでハートマーク等を作るのが一種のお約束であることを俺はニュースやら友人の会話で知っていたが、彼女はあまりそういう常識には疎いらしい。これじゃまるで俺がマニアみたいじゃないか。
「……あんまり美味しくないですね」
メイドさんにケチャップで猫のマークを描いて貰い、オムライスを食べる俺達。辺りにメイドさんがいないことを確認して、彼女は小声でぼそっと喋る。
「この手のお店に本格的な料理を求めるのが間違いだと思うけど。そもそも冷凍食品だと思うよ。このチキンライス、業務スーパーで買ったのとよく似た味だ」
「値段も割高ですし……でも店内結構お客さんがいるんですね」
「女の子の稲本さんにはわからないと思うよ。メイドさんじゃなくて、イケメンの執事カフェに置き換えてみたらどう?」
あまりオタク趣味は無かったが、なるほどこうして見ると猫耳もメイド服も、萌えを感じる。敷居が高すぎるだのなんだの言っていたが、将来一人でここに通ってしまいそうな魔力がここにはあるのだ。もう一度俺は衣装販売コーナーを眺める。彼女でも着れるサイズは存在したが、流石は手間がかかっていそうな猫耳、メイド服、それなりの値段がする。そもそもこれを買ったところで、いつか彼女に着せる日が来るというのだろうか。このまま俺達の関係が順調に進んでお付き合いをしたとして、彼氏がメイド服を着せようとしたらその時点で別れる人も多そうなものだが。
「ああ、いいですね、イケメン執事に囲まれて、紅茶を嗜む……そういえば友達が執事カフェの話をしていました、一緒にどうですか?」
「友達と行きなよ、それは……」
メイドカフェでも恥ずかしいのに、執事カフェとなるとイケメンの男達に囲まれるムサい大男という構図が出来上がってしまう。それはもう俺にとっては地獄でしかないと、オムライスを食べ終えて丁重にお断りするのだった。