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私をパフェ屋に連れてって!

 講義室へ行くと、男子達が1つの雑誌を取り囲んでワイワイやっていた。真昼間からエロ本でも見ているのだろうかと呆れながら覗き込むが、そこにあったのは男性用のファッション雑誌。


「おお吉澤。この雑誌に今女性にモテる男子の特徴とかが書いてあってな。お前も気になるだろ?」

「俺は別に……」

「いいっていいって、探してやるよ。お前みたいなデカい男子だと……あったあった、パフェ男子! 身体はでかいが喫茶店でパフェを美味しそうに頬張るそのギャップに女子はもうメロメロ! という訳で帰りに一人でパフェでも食って来いよ、逆ナンされるかもしれねえぞ? 駅前に、有名なパフェ屋があったはずだろ。カップルで食う前提の巨大パフェのお店。あれを一人で食ってたら、女の母性本能が黙ってねえぜ」

「甘いもんは苦手なんだよ……」


 パフェという単語を聞いただけで胸焼けしてしまいそうになる。昔から甘いものが苦手だったわけでは無い。安くて腹にたまるものを追い求め続ける過程で色々な菓子パンを食べ続けて来たが故に、学生時代のうちにどんどん甘いものが苦手になっていったのだ。まだイケてる男のファッションを参考にした方が良さそうだと眺めているうちに講師がやってきて講義がスタート。気づけば稲本さん達のグループも近くにいた。俺が講義室に来た時からいたのだろうか、ひょっとして俺がファッション誌を必死に眺めていたのを見られてはいないだろうかと気にしながら講義を受けた後、彼女からメッセージが届く。


『パフェ男子になりましょう!』

『^^;』


 彼女は素の自分は大人しいタイプだと言っていたが、人の会話を盗み聞きしてネタにするそれは紛れもなくギャル系の所業。言葉を使わず顔文字で返答はするものの、内心は若干苛立っていた。


『あの駅前の有名なパフェ屋、一度行ってみたかったんですよ。あの巨大パフェ、いつかは食べてみたいと思ってたんです』

『俺は甘いもの駄目なんだよ』

『だったら私一人で食べます』

『一人じゃ食べきれないでしょ』

『甘いものは別腹なんです!』


 女の子にとってスイーツはテンションを上げさせる魔法の存在。凄まじい勢いで押し切られてしまって、結局講義の合間の時間を使って平日の昼間に駅前のパフェ屋へ向かう。平日の昼間ならそこまで人がいないだろうし、知り合いとかに見られる心配は無いと彼女は豪語していたが、流石は有名店、女子大生やら主婦やらでそれなりに賑わっていた。休日ならカップルの比率が増えて浮かなかったかもしれないが、悲しいことに今は男の客は俺一人。こんな店で男が独りでパフェを食べていたら、母性本能をくすぐるどころか、SNSで晒されまくることだろう。


「アベックパフェを1つ!」

「ブラックコーヒーと、アールグレイのシフォンケーキ」

「あ、私アイスのカフェオレで!」


 目を輝かせながら話題になっているカップルが一緒に食べる前提の巨大パフェを注文する彼女。周りの客が俺達を微笑ましそうに見ている気がする。今の俺達はパフェを一緒に食べるような、仲睦まじいカップルに見えている事だろう。実際にはカップルでも何でもなく、パフェも彼女が一人で食べるつもりなのだが。先に届いたシフォンケーキを一口で平らげて、食後のブラックコーヒーを啜っていると、テーブルの中央にドンとそれは置かれる。


「す、凄い! 大抵こういうのってサンプル詐欺ですけど、再現度高いですよ! あ、写真撮らなきゃ」

「ピンスタにでも乗っけるの?」

「いえ、乗っけません。そしたら友達に彼氏と一緒に来たの? とか突っ込まれた挙句、吉澤さんを売れない私は一人で来た痛い女になってしまいます」

「女の子も大変なんだね……」


 彼女は巨大なパフェグラスにパンパンに詰まったそれを見てテンションを高めているが、対称的に俺は冷静だった。確かに巨大だし、上側はフルーツやらも盛られていて豪華そうに見えるが、下側はヨーグルトで誤魔化し切れていないコーンフレークの嵐。コストパフォーマンス的には普通のパフェよりずっと劣るだろうな、と値段と量の事しか考えられなくなっていた自分に悲しみつつ彼女がそれを食べるのを眺める。


「生クリームも上質なものを使っていますね、これは」


 5分程経過。全体の3割くらいを平らげた彼女が、幸せそうな表情でパフェのレビューをし始める。普段から食べているクリームなんてのは菓子パンに含まれているホイップクリームくらいなものなので、先ほど食べたシフォンケーキに浸かれていたそれが上質なものなのかどうか俺には判断ができないが、彼女も若干変なテンションになっているから上質だと言っているだけで、実際には業務用スーパーとかで売っている代物なのだろう。


「中段には色んなシフォンケーキが敷き詰められてるみたいですね」


 10分程経過。先ほどに比べると表情が強張っている。パフェも全体の4割程度と、先ほどからあまり消化が進んでいない。ここから先はシフォンケーキやらコーンフレークやら、腹に溜まるものが待っているというのに。


「……う、うえ……」


 15分経過。完全に辛そうな表情になっており、スプーンは全く動いていない。無言で席を立つと、お手洗いの方へと向かって行ってしまった。あの分だとトイレから戻ってきても食べ続けることはできないだろう、カップル用のパフェを注文して女だけで食べた挙句残すなんて何を言われるかわからないし、仕方が無いが残りの部分を平らげるか、とグラスをこちらへ引き寄せたところで、この行為が間接キスに当たると理解して手が止まる。


「……」


 そもそも俺と彼女の関係は何なのだろうか。カップルの振りをしているのは今日くらいなもので、今までは単純に彼女が一人じゃ行きづらいお店に付き添いをしていた程度。『周りの視線もあるし俺が残り食べといたよ』と彼女に言ったところで、彼女は納得してくれるんだろうか。『それって間接キスじゃないですか? セクハラですよ』と拒絶するのだろうか。結局悩んでいるうちに、彼女がお手洗いから戻ってきた。


「さて、第二ラウンドです」

「え、大丈夫なの? 無理しなくても……俺が食べるよ」

「吉澤さん甘いもの苦手なんですよね? 大丈夫ですよ、さっき全部リバースしたので」


 先ほどグロッキー状態だったのなんて無かったかのように、スプーンを手に取ってパフェの残りを崩しにかかる彼女。心配する俺に対し、食事中にあまり言うべきではない言葉と共に彼女の孤独な第二ラウンドがスタートした。若干だが、周りの視線が痛い気がする。この場合彼女に無理して食わせる俺が悪者なのだろうか。カップル用のパフェを一人で食べようとする彼女が痛い子なのだろうか。


「あー、美味しかったです」


 彼女がパフェを食べ始めてから平らげるまでに実に45分を要したが、途中でリバースしながらも見事に完食し、お店の外で満足げにお腹をさする彼女。流石に俺は一口も食べていないのでパフェ代は彼女が全部持った。


「良かったね。……ところで、大変な事に気づいちゃった」

「どうしたんですか?」


 時間をかけてでもやり遂げることは大事だと思うが、やはりあの時俺が半分食べていればと後悔しながら、スマホの画面を彼女に向ける。そこには無慈悲にも、午後の講義が既に始まっていたことを示す時刻が表示されていた。

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