二章前編5話 銀貨15枚
町は少し騒ついている。
町に騎士が泊まりに来たのだから当たり前だ。
騎士達は人数が多くて殆どの者が村の直ぐそばにある少し深めの谷に掛かった橋の向こう側にテントを張っている。そんな中、村を三人はゆっくりと静かに歩く。
アトラは周りをキョロキョロして何かを探している。
「何を探してるんだ?」
フツバが問いかける。
「機材屋さんですよ。機械の製造と修復には欠かせませんから」
直後、ライラがアトラに近づいて何かを耳元で呟く。
話が終わるとすぐにアトラが走り出した。
「何で教えたんだよ、姫さん。あそこに気付かないように遠回りして宿屋まで行くつもりだったのに」
ライラがアトラに機材屋の位置を教えた事に文句を言う。
ライラは久しぶりの姫さん呼びに一瞬ビックリしたが
「別に良いでしょ、教えてあげたって。あの子相当機械の事好きそうだし大目に見てあげなさい。というか周りに人が少ないからといってその呼び方は危ないんじゃないし、それに宿屋なんてもう騎士で一杯なんじゃないの?」
ライラがテントを張っていることから一杯と予測して聞いてくる。
「あぁ、確かにそう考えるかもしれないがよーくアイツらを見てみろ。何の階級も与えられてない騎士しか居ないだろ」
フツバが騎士達の方に顔向ける。
「確かにそうみたいだけど、それが何よ?」
ライラではその僅かな情報では理解出来ない。
「例えばだ、今日宿屋に泊まるのは俺とアトラだけで姫さんは野宿ってなったらどうする?」
ライラが少しの間も空けず返答する
「怒るに決まってるでしょ!何で私だけってなるわよ」
その返答を聞きフツバから笑いが溢れる
「答え自分で言ってんじゃん。そういう事、同じ立場の奴らに泊まれる奴泊まれない奴が居ると不満が溜まるだろ。そういうイザコザを避ける為に少ししか空いてなかったら偉いやつ数人は宿屋で他は野宿って事。だから多分空いてると思うぜ。少なくとも三人分くらいわな」
「あぁ〜なるほどね。流石『元・騎・士』ね」
褒めたいのか貶したいのか分からない事を言う。
そんな会話をしている所にアトラが猛スピードで走って戻って来るや否やフツバの手を掴み、また店の方へフツバを無言で連れて走り出す。
「おい!何なんだよ?急に走り出して」
問いかけにも無言のままだ。
アトラが機材屋の前で止まると直ぐに
「連れてきましたよ。この方がお金を払ってくれますのででは!」
と言って大量の機材を持ってライラの所へ走って行った。
「アイツやりやがったな!」
フツバが帰って行ったアトラの方に向かって怒る。
そして機材屋の男の方を向くと、目が合う。
フツバが気まずそうに会釈をして目だけで挨拶する。
「全く、大変そうですね」
店の大将と思われる大柄な男が人がニカッと笑って喋りかけてくる。
流石に目だけでは気付かれなさそうだ。
だからフツバも普通の対応をする。
「そうなんですよ。アイツ超身勝手何ですよね。で、いくらです?」
フツバも目だけで笑い返す。
「そうですね。大変そうですし、安くして銀貨十五枚ですかね?」
驚愕の値段に唖然とする。
銀貨一枚およそ日本円で千円といった所だ。
この国では銅貨、銀貨、金貨の三枚があり、銅が百、銀が千、金が一万といった価値観で良いだろう。
つまり銀貨十五枚とは一万五千円相当だ。
これを機材に賭けろと言うのだから驚きだ。
ただでさえ収入が無いのに困ったものだ。
泣く泣く銀貨を出していると後ろからアトラがライラに引きづられて連れてこられる。
アトラは怒られることが確定しているので猛ダッシュでフツバと反対方向へ走ろうとするがライラに服を掴まれており、足をその場でバタつかせているだけの滑稽な事をしている。
フツバが店の大将に呆れた笑いを見せる。
大将も優しく笑い返してくれる。
そんな一瞬のやり取りの後そちらを見るとどこかで見た風景が再現されていた。
アトラが地面に頭を突いている。
「すいません。お願いしますよ。一文無しなんです」
その発言に流石のフツバも呆れる。
「お前どうやって旅するつもりだったの?…もう良いよ。払っとくから何処かで返せよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
もう一回深く頭を下げる。
フツバが銀貨十五枚を払い終わる。
「お前達は先に宿屋に行っててくれ。後で追いつくから」
フツバが宿屋の方向を指差して、先に行くように命令する。
「はい、分かりました。本当にありがとうございます。フツバさん」
二人は宿屋の方に歩き出す。
フツバは機材屋に戻る
「おじさん、さっきの本当はいくらだったの?」
どうしても聞きたかった事を聞きに帰ってきた。
「さっきの人か、本当の値段かい?本当はね銀貨二十二枚だよ」
コッソリと耳元で教えてくれる。
またもや、驚愕しフツバは大将の手を握り
「ありがとうございます。そんなに値引きしてもらっちゃって」
フツバは感謝の意を伝える。
「良いってことよ。まぁセメラルトも近いし機材は直ぐ入ってくるさ。アンタも頑張れよ!」
肩を一回強めに叩かれる。
フツバは頷き、一回お辞儀をして店を去る。
驚愕の値引き具合には感謝しかない。
だがしかし、優しさに触れ、満ちた高揚感も直ぐに消え去る。
フツバは気づいたのだ。
些細な事ではあるが辛うじて気付けたのだ。
ある一つの事に……