四章40話 アルベル
「お前、、、」
フツバがクソガキの顔を睨み言葉を詰まらせる。
「マゾなのか?」
「違うに決まってんだろーがぁぁあ!」
「いや、だって背中斬られたのに笑顔で立ち上がられたらね。そう思っちゃうでしょ」
「違うし、もう背中の傷は痛くない。体は疲れてもいない。寧ろさっきの攻撃のおかげで万全になったまである!」
クソガキのその言葉は強がりではない。
この事に気づきフツバはこの戦いの最も警戒していたことが起こったと嫌気が指す。
この数日でクソガキは異次元な成長を遂げた。
それは誰もが不思議に思っていたが心中で無理矢理納得させていた。
しかし、これには原理がある。
人間は緊急時、常人離れした身体能力を発揮することがある。
それは脳が刺激され一時的に起こる潜在能力の解放である。
それをこのクソガキはこの数日間というとんでもない期間行っていたのだ。
もちろんそれを一日中続けては体力切れしてしまうため戦う時のみにスイッチを入れる。
これにより眠気が普段より早く訪れる、その証拠にクソガキは十空の発表を聞かずに寝てしまっていた。
そして今、クソガキはその力をより願い、欲し、開花させた。
ここからはもう時間との勝負だ。
フツバがクソガキに右腹から左肩にかけて斬り上げようとする。
クソガキはその動きを当たり前に目で追い、右手で防ぐ。
ここまでは今のクソガキなら反応してくるであろうとフツバも予想していた。
ここからが勝負だ。
瞬きが遅く感じる程の僅かな時間。
フツバが防がれてから更に顔面に回し蹴り。
これはフツバの基本動作。
そしてクソガキが反応してくるのも分かっていた。
その足を掴まれるよりも早く降ろす。
その時に地面の砂を蹴って散らせておく。
そして両足が地面についた瞬間に脱歩を行い、クソガキの後ろへ回る。
そのままクソガキの背中に目がけて斬りかかる。
この動き、さっきまでのクソガキなら確実に決まっていた。
だが、斬りかかる時にクソガキと目が合う。
さっきの攻撃で脱歩を使ってしまったのも仇となり完全に見切られた。
クソガキは脊髄反射で体を反らす。
フツバの斬撃を紙一重で躱す。
しかし、ここまでもフツバは読んでいた。
その為にさっきわざわざ地面を足で蹴っておいたのだ。
ヴェーラを使い、砂埃を結合させて蹴れる程度の小さな足場にする。
それを蹴り、クソガキに反射斬撃を繰り出す。
(これで決まってくれ、、)
「クッソが!」
フツバ自身もここまで機敏でかつ厄介な動きの連撃はした事がなかった。
それなのに、クソガキと目が合うのだ。
ここでフツバに動揺が生まれる。
その動揺は腕に伝わり、剣に伝わる。
例えば、素人とフツバが全く同じ剣で打ち合ったとする。
その時、折れるのは素人の剣である。
なぜならそこに修行で積み上げてきた力や信念がその剣を硬質化させているからだ。
それなら逆はどうだろうか、信念が加わると硬くなるのであれば動揺が加われば、容易に折れる。
フツバはこの斬撃が躱されると思っていた。
しかしクソガキがとった行動は。
腕が振りかざされ、耳が痛くなるような金属音が会場に鳴り響く。
フツバの剣が折れている。
硬手術を使ったクソガキの拳と動揺が伝わったフツバの剣では拳が勝つ。
クソガキはそのままもう片方の手でフツバの顔面を鷲掴みにし、野球ボールかのように壁に向かって思いっきり投げつける。
フツバの卓越した動きからついてこれていなかった観客達からすれば結果が全てである。
原理は知らないがクソガキがフツバの剣を折り、壁に投げつけたのだ。
クソガキの優勢である。
観客が起死回生の一手を繰り出したクソガキに大きく盛り上がる中、二人だけ叫ぶ者がいた。
バンの時と同じくあの二人だ。
いつもあの二人の声はフツバを起き上がらせてくれやがるのだ。
頭が割れそうでも、血が垂れ流れていても関係ない。
フツバがここで立てなくては、レイゼさんの前であの人の名を汚す事は許されない。
「おい、嘘だろ。アイツまだ起きあがんのかよ……」
壁に頭が潰される勢いで投げつけられても立ち上がるフツバに観客が絶句する。
「全く、キモさを引き継ぐなんて悪い所を引き継ぎやがったか、アイツは」
レイゼが血まみれでも戦う姿にガーリンを重ねて笑う。
昔、ガーリン史上最強と言える程の敵を倒した後、その敵とは全く関係ない者に挑まれた戦いを笑顔で受けた時のように異様だ。
「これ、勝ったわね」
「はい、勝ちました」
スイカ割りをされた後のスイカのようになったフツバを見ても勝てると確信する仲間が付いているのもよく似ている。
フツバが剣を手から離し、髪をかきあげて八重歯を見せて笑う。
「お前、名前は?」
「アルベルだ!」
「そうか、アルベル。正々堂々と殴り合いと行こうか」
フツバが拳を握り、アルベルにゆっくりと近づく。
お互いの間合いに入ってもなんの動きも見せない。
ちょうど腕を伸ばせば届く距離に止まるフツバ。
「先行やるよ」
フツバが両手を広げて防御の姿勢を取らない。
アルベルはその言葉通り、先にフツバの鳩尾目がけて殴る。
フツバは吐血しているが余裕の笑みで装っている。
アルベルが今度は両手を広げる。
フツバはアルベルの顔面目がけて撃ち込む。
アルベルも鼻血が左右から出ているが拭こうともしない。
次の一手はフツバが両手を広げるよりも前に顔面に一発。
ここから大人達が子どもの目を隠す時間に入る。
フツバが今度は腕を引くよりも早くお返しの一発。
アルベルが打ち込まれた状態からそのままお返しの一発。
その撃ち合いは更に加速していく。
相手が撃ってくるよりも先に撃ち込む。
ここまで来れば待ち時間など存在しない、ただひたすらの殴り合いだ。
血が地面に飛び散り、拳もどんどん赤く染まっていく。
その赤く染まっていくのをただ黙って見守る。
会場は殴り合う音だけが鳴り響く、純度100%の闘技場となる。
雄叫びを上げようもんなら舌が噛み切れて即終了だ。
静かな殴り合い、この殴り合いの決着それは衝撃的なものだった。
その殴り合いを見ていた十空全員、更には実力者全員がある一瞬を境にレイゼの方を見つめだした。
ライラとアトラはその集まる視線に気づきレイゼの方を見る。
「嘘だろ、そんな事あんのかよ」
そうレイゼが驚いた表情で言った後、すぐに中央へと飛んでいく。
中央ではまだ殴り合いは続いている。
「フツバ、止まれ」
レイゼの言葉はフツバに聞こえていない。
「フツバ止まれ!!」
レイゼがフツバの体を強引にアルベルの近くから引き剥がす。
「レイ…ゼ…さん?」
顔が真っ赤に染まったフツバがレイゼの介入に驚く。
「どうした?お前らしくねぇな。冷静さを失うな」
レイゼが少し怒った口調で言う。
しかしまだ戦いは続いていた。
反省点なら終わってからでいいはずだ。
「だからって割り込んでくる必要は、」
「あるんだよ!あれを見てみろ」
フツバが顔を僅かに持ち上げてアルベルがいた方を向く。
アルベルは何もない空間に向かって白目を剥きながら殴りかかっていた。
「アイツはもう気を失ってる。いつものお前なら気づいてた筈だ」
アルベルは変わらぬ速度で殴りかかっている。
メンドゥーサが真正面から近づいていきその打撃を両手で掴んで止めさせる。
「さいき…ょうだ…おれ…が…さいきょう…なんだ」
アルベルが気絶してもなお離し続けている。
「あぁ、お前は強いよ。だが最強じゃあぁない!いつになったっていい、俺を倒しに来い!!!」
気絶しているアルベルに向かって大声で喋るメンドゥーサ。
アルベルはその言葉を聞くと言うのをやめて完全に気絶する。
「よく頑張った」
メンドゥーサがアルベルを担いで会場を出ようとする。
「勝者、フツバ!!」
その声で起こった大きな拍手は敗者への賞賛の方が多いような気がして気絶していくフツバからしたら不快だった。
という訳でフツバ対クソガキ(アルベル)は終了です。
この試合は書きたかった事が予定通りに書けて良かったです。
もう四章も終わりに入ります。
次話でもう最強祭は終わりかなぁ?と思っています。
という訳でまた次話でお会いしましょう。
良ければ感想、質問、アドバイス、よろしくお願いします