四章39話 クソガキ
「どりゃっ!くらえ!」
木刀を手に剣を振りかざす。
「はーい、三十秒経ちました。腹筋と腕立て伏せ五回ずつねー」
「クッソォ、これでもう三十回連続で失敗だぜ」
俺はもう歩けるようになっていた。
自分の足で立ち、走れるくらいになればすぐに修行が始まった。
俺は特別にレイゼさんに見てもらえるらしく歳が上の人からは羨ましがられるが俺的にはそんなに嬉しくない。
強過ぎて全く当たらない、だからモチベがどんどん下がっていってしまう。
子供の直感でこの人にはもう当てられないと分かってきていた。
同居人のメンドゥーサに教えて貰ったがどうやらこれでもまだ本気じゃないらしい。
(「目が開いているうちはマジだぞー」)
とトラウマを思い返すかのように言っていた。
レイゼさんに剣を三十秒以内に当てれば自由にしていいらしい。
しかし当てられなければさっきのように腹筋と腕立て伏せを五回ずつやらされる。
「楽しいですか、●●●●?」
「楽しい訳ないじゃん!ここまで当たらないとつまんない」
「そうか、そうですよね」
「分かってたならやめてくれよ、俺は楽しい事がしたい」
「楽しい事に含まれるのかはわかりませんが、どうです?今度『最強祭』という物を見に行きませんか?」
「それ、メンドゥーサが言ってたやつだ!なんか二年ぶりだーーってすっごい喜んでた!それってなんなんだ?」
「その名の通りですよ。自分こそが最強であると事を証明する大会みたいな物ですよ」
「最強?さいきょうって何?」
俺の質問にレイゼさんが一瞬硬直する。
自分達が当たり前に使い、話していた言葉の意味を聞かれると改めて考えさせらたんだろう。
そんな想定外の筈だった質問にもすぐに返してくれるのがこの人の指導者としての素晴らしい所だ。
「そうですね、この言葉を真っ直ぐに受け止めるならきっと『人類である』という壁が立ちはだかった状態のことを言うんでしょうね。しかしここでは全く違います。
自分史上最強なのはいつだって『今』なんです。例え、老いていようが、足に怪我をして歩けなくなろうが、目が見えなくなろうが、『今』なんです。心は一つ一つの事から学び、強く強靭になっていく。心は自分史上最も強くあり続けている物なんです。それがここでの最強です。
自分がより最強になったんだと成長を感じてもらう。誰かと戦い比べながらその中で過去の自分と『今』を比べる。そうやって最強達が集う祭りそれが最強祭です。決して誰が最強か決めるなんていう血の気の多い物じゃないんですよ」
「よく分かんないっ」
その時の俺にもこの意味を理解することは難しかった。
だけどこの祭りってのが凄い物だってのは伝わってきた。
ーーー ーーー ーーー ーーー ーーー ーー
この空間にこんなにも大勢の人がいる事をここで初めて知った。
自分が見ていた世界はほんの一握りなのだと知った。
見た事ない男の人に女の人、頭に白い物を巻いて髪を纏めている人、色んな人がいる事を知った。
「どうだ?驚いたか?お前は特に体験には行かせてないからこんなに人がいることは知らなかっただろ」
眼鏡を外したレイゼさんが肩車をして大混雑の会場まで連れてきてくれた。
レイゼさんが歩けば自然と道が開く。
「これからな十空戦って言ってな上から十人の強い奴らが戦い合うっていう一番人気な奴だ。一戦目はお前の同居人だぞ」
「メンドゥーサが戦うのか⁉︎」
「あぁ、アイツは見た目の割に強いんだよ。全くムカつく奴だ」
そう言いながら一番見やすい席に着き、肩から下ろして隣の席に座らせてくれる。
試合は始まっていないらしく暇だ。
周りを見渡すと細身の弱そうな同年代くらいの男の子が一人こちらを見ていた。
「ちょっとトイレ」
そう言って隣を離れてその子に真っ直ぐ歩いていった。
その子は近づいて来るのを隣の父親の背中に隠れて怯えながら見ていた。
「お前、弱いだろ!」
開口一番に言ったのを覚えている。
その言葉でその父親が怒ったことも覚えている。
「おい!!才能があんのかなんのかしんないがな!この子はな走り回りたくたって喘息持ちのせいで走り回れないんだよ!」
「じゃあ、生きる意味ないじゃん」
俺はその時何故そんなに怒っているのか分からなかった。
そんな存在価値がよく分からない奴を思って怒ってあげるのが分からなかった。
「おいおい、トイレに行くんじゃなかったのかよ?こんないきなり喧嘩売りに行くとは思わなかったぜ」
怒鳴る父親の声で気がついたレイゼさんが足速に近づいてきてくれたらしい。
「コイツは悪気はないんだよ。ただ俺の教育が悪かったんだ、許してやってくれメイハツ君」
レイゼさんの人望もあり、その子どもにレイゼさんが謝ることで場はなんとかおさまった。
「なんで嘘ついてまでこんな事した?」
威圧的な怒った態度で喋るのではなく、呆れながらも優しく聞いてくれた。
「トイレに行くのは本当だった。ただその行く道で変な奴がいたから言っただけ」
怒られる理由が分からず露骨に反発的な態度をとる。
「行きたいならまず行くか」
そう言ってレイゼさんはトイレまでついてきてくれた。
トイレから出てきても変わらない様子で待ってくれていた。
そして帰ってきた俺に話し始めた。
「トイレで流した物はどこに行くんだと思う?」
「それは知らない。流したら消えるんでしょ」
「ヴェーラじゃあるまいし消えるわけはないだろ。正解は簡単だ。その先で機械班の奴らが綺麗して、自然に返してくれてんだよ。くっさいのにマスクつけて我慢しながらな」
「へぇ、だから!?」
言葉に鋭さはないのに妙に心にチクチク来るこの感じが妙に嫌で分からないふりをしていた。
「ご飯は食料班の人達が毎日作ったり、育ててくれたりしている。住んでる家だって万班が建ててくれてるし、直してくれてる。お前の周りにはそうやって戦い以外の物が溢れてるのにそれをやってくれてる人に目を向けたことはないのか?」
「ない!」
「そうか、でも俺も怒れる立場じゃねぇんだよな。お前に戦いの道に行かせたのも俺だし、戦い以外の事を教えてやれなかったのも俺だ。お前ぐらいの歳の奴に教えるのは久しぶりだからつい忘れちまってた。俺も反省してる。
だから今ここで教える●●●●の生活はな、戦いが嫌いな人、できない人、向いてない人、他の事に才能がある人、色んな人に支えられてる。自分の当たり前が誰かの苦労からできてるって事を分かっておいてくれ」
レイゼさんが歯に噛んだ表情でそう言ってくれる。
この時自分の中でモヤっとした黒い何かが生まれた。
この黒い物が何かは今も分かっていない。
そのまま俺から何も言い出せる事はなく会場に戻った。
会場は主役の登場で大盛り上がりの場面だった。
メンドゥーサが笑顔で入場し、観客に笑いかける。
メンドゥーサは俺が会場で暗い表情をしている事に気がついて手を振ってくれた。
レイゼさんの言葉と一緒にその笑顔が心に染み込んできて涙を流してしまった。
「●●●●!見とけよ!俺が強くてカッケェ所をな!」
泣いている俺を慰めるかのように拳を握って笑いかけてくれる。
その試合はレイゼさんから強い人の中の強い人しかいないと聞いていた。
なのにこの試合は一瞬であまりに一方的だった。
試合開始の合図と共にメンドゥーサが突進。
剣も握っていない拳を勢い任せに相手の額へと撃ち込む。
激しい砂埃と共に相手が反対側の壁にまで吹き飛ばされる。
会場は盛り上がる暇もなく静まり返っている。
そしてメンドゥーサがこちらに顔だけ振り向かせて、
「な、俺は超強いだろ?」
涙がスッと引いたのを覚えている。
心の黒い何かが相手と共に吹き飛ばされた。
そしてカッコいいという感情が無限に溢れ出てきた。
その言葉に会場が沸き立っていたのは記憶の中でも特に鮮明に覚えている。
「剣、辞めるか?」
隣に座っていたレイゼさんがそう聞いてきた。
「俺もあの人みたいになりたい。強くなりてぇ!」
「そうか、じゃあ今日から特訓メニュー変更だな」
レイゼさんは嬉しそうに俺のやる気に満ち溢れた表情を見ていた。
「俺、最強になる!」
この幼稚な夢は今も変わらない。
何一つたりとも変わらない。
「あぁ、俺達を超えていけ!アルベル!」
ーーー ーーー ーーー ーーー ーーー ーー
(あの日の会場に俺は立っている、いや立っていた。俺は何やってる?なんで寝てる?俺はなれてんのか?あの時のあの人のようなカッコいい俺に。いや、なれてない。レイゼさんに傷をつけた男を前にしてあの人は倒れるのか?そんな訳ないだろ。ここに実力で立った筈なのにあの人のようになれちゃいねぇ。コイツを超えなきゃ、倒さなきゃ)
拳を着き、体をゆっくりと持ち上げる。
決着がついたかのような空気だった会場が凍りつく。
(背中が熱い。視界がボヤつく)
背中から血が溢れ出ていく。
しかしどれだけ血が出ようが立ち上がる。
あとは目の前の超えなきゃいけない男に拳を向けて言うのみだ。
「俺は最強だぁぁ!!!」
諦めぬ者の最後の咆哮である。
読んで頂きありがとうございました。
クソガキ(もう本名は出ましたがここではこの呼び方にさせてもらいます)は今までのありとあらゆる事を覚えています。
そんなクソガキの過去エピソードでした。
『最強』この作品のキーワードでもあります。
次話でいよいよ決着です。
良ければ感想、アドバイス、質問、よろしくお願いします