四章34話 クトゥル
「おぉぉっと!先に攻撃を仕掛けたのはやはりクトゥルだぁぁ!」
フツバに向かって一心不乱に攻撃を仕掛けるクトゥル。
クトゥルの手には霊装「サグナト」が握られている。
フツバはこのクトゥルの攻撃を一つ一つ丁寧に見躱す。
「おい、どうした?全然当たってねぇぞ」
フツバの機敏な動きを中々捉えることのできないクトゥル。
「霊装」、クトゥルの武器はヴェーラの一種である。
ヴェーラ自体無限大の可能性があるのだがその中でも「霊装」は珍しい部類に入る。
フツバは人並み以上にヴェーラ使いを見てきたが二、三人しか会った事がない。
「それなら!」
クトゥルが力を加えると霊装からジェットが吹き上がる。
疾風が如くスピードで貫かんとする槍をフツバは腰から抜剣した剣で弾き上げる。
「そんな驚いた顔すんなよ。いつから剣使わないなんて言った?」
「クッッソ!」
この戦いから微塵もフツバの本気が伝わらない事に苛立ちを隠しきれないクトゥルがその弾き返された槍の勢いは止めずそのままにフツバへと向かう。
霊装に備わった一つの武器につき一つの能力。
クトゥルの槍の能力は「風纏」。
風を武器とする、この手法はバンと全く同じである。
ただ、クトゥルとバンの差は風速だ。
バンは攻撃を強める程度に留まるがクトゥルは人を殺すの域に至る。
クトゥルの突きとフツバの斬の高速の攻防になる。
クトゥルは頭や首に当たった時の事を考えていないような乱暴な攻めだ。
バンを倒したフツバだ、当たり前にその攻撃も防ぎ切る。
「油断し過ぎだ!」
攻めを一度やめたクトゥルのフツバとの距離の取り方のあまりの杜撰さにフツバが一気に距離を詰めて上段蹴りを食らわせる。
「なんだ?クトゥルさんよ。お前これを何かの演舞だとでも思ってる?戦いは戦士として生きるか死ぬかが決まるまでの事を言うんだぞ!一区切りなんてもんはねぇよ!」
垂れる鼻血を手で拭い取り、フツバを睨むクトゥル。
二の腕や太もも、脇など様々な場所からの擦り傷もクトゥルには見受けられる。
この一連の動きでこの傷ができる時は一つしかない。
「あの時、フツバは守ってただけじゃなく攻めもしてたんだ!全く素人の俺には分からなかったぜ」
一人の男の発言から一人の女が言い出す。
「さっきから試合を見てて思ったんだけど、クトゥルは本気!って感じがするけどフツバは余裕!って感じよね。こんなにも差があったの?」
その声により周りもあの発言が強がりだったと疑う声が多く聞こえだす。
「ホラ、早く攻めないと。バレだしてるぞ」
フツバの観客に聞こえないくらいの囁きにクトゥルが脊髄反射で攻めてくる。
フツバは剣を構えず体だけで避ける。
クトゥルの一方的な攻め、しかしその状況はクトゥルの顔面に直撃したフツバの掌底により終わる。
さっきの反省を活かしすぐに起き上がるクトゥル。
溢れ出す鼻血を手で抑える。
「なんかさっきから俺が鼻狙ってるみたいになってごめんね。わざとじゃないんだけど。顔がガラ空きだったから」
(何で見えない⁉︎)
「何で見えない⁉︎って思ってるだろ」
フツバが寸分の狂いのないタイミングでクトゥルの感情を言い当てる。
「観客も気付いてきた頃だし、そろそろおまえのネタバラシと行こうぜ」
「何を勝手に言っている。油断はするなと言っていたばかりだろ!」
クトゥルがここぞとばかりに気の抜けた様子のフツバに襲いかかる。
フツバはその槍を手で鷲掴みにし、そのままクトゥルのいる方へと押し返す。
尻餅をついてしまったクトゥルにフツバが飛び乗り、両手を両足で押さえつけ、口は手で閉じる。
「うるせぇ!そこで黙って聞いてろ」
フツバは攻撃もせずただクトゥルを地面に仰向けで固定する。
クトゥルが足をバタつかせてフツバの背中を蹴るがフツバは動じない。
その十空戦とは思えぬ光景。
ライラとアトラもフツバらしからぬ戦いに違和感を覚える。
「お前が何で今まで出てなかったのに今回初めてこの大会、というか祭りに参加したか当ててやろうか?いや当ててやる!」
フツバのその言葉にクトゥルの抵抗が更に過激になる。
フツバは意地でもどこうとはしない。
「てめぇが今まで逃げてきたトラウマから逃れるチャンスが初めてできたからだろ!お前は一回レイゼさんに負けて以来一度も自分の格上と呼べるような奴とは戦ってないらしいじゃねぇか⁉︎お前はレイゼさんに傷をつけたっていう俺を倒して負けるっていうトラウマを克服したかったんだろ?」
その言葉を聞き、クトゥルの抵抗が止まる。
「お前は俺とバンの戦いを見て自分も行ける。そう思ったんだろ。いるんだよ、自分は目で動きが見えてるし戦えるって勘違いする奴。
よく運動やら何やらでヤジを飛ばす人がいる。そういう人は自分は見ていてこう動けってその時思えるからやってる側もできるはずって考えてるからたくさんいるんだ。
見て正解が分かる奴なんて山ほどいる。けどな、実際に自分がその場に立って行動できる奴なんてその一割もいねぇんだよ!それをここに立っているような奴らは体で知っている。だが、お前は上の人を見ようとせず自分の下ばかりを確認し続けた。誰になら勝てるか、この人に勝てたなら次はあの人にも勝てるかも。ってこうやって負ける事を恐れてたからお前はこれを知らなかった、いや知れなかった。お前の最初の煽り散らかした発言も所詮は強がっていただけだろうが!
ハッキリ言ってやる、お前が今まで戦ってきた中でイッチバン弱い!!上を向かず負けたくない負けたくないって怖がってる奴なんてな実力の半分も強さ感じねぇんだよ!強さってのは半分以上が向上心なんだよ⁉︎」
フツバの覇気に熱意にただただ圧倒されるクトゥル。
もうフツバが塞いでいた口は解かれ自由になっているが何も喋らない。
歯軋りをしていたクトゥルが当然声を荒げる。
「俺だって!こんな風になりたくなんてなかったんだよ!」
クトゥルがフツバに頭突きをしようとしてくるのをフツバはクトゥルから距離を取って回避する。
クトゥルが涙は流すまいと目を血走らせながらフツバを睨んで槍を向ける。
「あのな、別に負けるのを怖がる事は普通なんだぞ。俺達はな、負ける怖さよりも強くなる嬉しさを楽しさを、勝つ事の達成感と自分への自信の方を優先してるだけだ。俺だってな、負けたくないよ。ここなら負けても怪我で済むかもしんないけど地上に出たら俺の負けは死なんだよ。それも俺一人だけのじゃない。
だから、ここまで来れた。全力で来い、片手で止めてやるよ。お前の攻撃なんて」
フツバがクトゥルの槍に対して剣をしまい何も持たぬ右手を前に出す。
「俺にだって積み上げてきたもんがあんだよ!その右手貫いてやんよ!」
ここまで来ては意地と意地の張り合いだ。
「風神一閃!」
クトゥルの最大出力で繰り出す突進技。
フツバはそれを真正面からぶつかる。
その槍に触れた瞬間フツバの右手の肉片が飛ぶ。
クトゥルのこの技は常人なら右手が吹き飛ぶ程の威力だ。
しかし、フツバはそれを抉れた右手で握っている。
クトゥルもドンドン加速していく。
フツバの手からの出血もドンドンひどくなっていく。
「なぜ貫けない⁉︎もう限界だろ!手を離せ!諦めろ!」
クトゥルが抉れ、鮮血が出ている右手を見てフツバが諦めるのを促す。
こう口では言っておきながら勢いは緩めようとはしない。
「諦める?笑わせんな。こんな大したことない一撃。お前なんてなネット小説一話分程度の価値しか無いんだよ」
フツバの言ってる意味はいくら竹一族でも分からない。
しかし、フツバにこの攻撃が全く効いていない事は分かる。
右手から血が出ようと、抉れようと、骨が見えだしても、一切効いていない。
「これがホントの強さっていいてぇのかよ」
フツバの顔には自分の血が飛び散り狂気が増している。
もう、槍は進む事をやめている。
クトゥルの手から槍が落ちる。
「なぁ、何でお前はそんなに強いんだよ」
「俺より強い奴に何回もやられて、どれが通用してどれが通用しないかを知ってるからだ。自分より弱い奴からは復習しかできない、強い奴からは予習ができるからな」
フツバはこの戦い決して手は抜いていない。
確かに本番前の運動、態度からは本気でやってないように見えたかもしれない。
しかし、フツバは確かに本気だった。
本気でクトゥルをボコボコにしに行っていた。
なぜフツバが繋がりのほとんどないクトゥルをこんなに怒っているのか、そして何故こんなにも詳しいのか。
それは昨日レイゼと話した時の事である。
(「フツバ、俺から一つお願いがあるんだ」
レイゼがフツバに真剣な顔で提案を持ちかける。
「珍しいですね。なんです?」
「明日のクトゥルとの戦い、クトゥルを戦闘不能にはさせず、降参させて欲しいんだ」
負けて欲しいではなく勝ち方のお願い。
レイゼの要求の狙いがよく分からない。
「それに何の意味があるんですか?」
「それはな、アイツが俺に負けて以来負ける事を怖がってるからなんだ」
「じゃあ、負けた方がいいんじゃないですか?」
「お前が負けさせる事に意味があるんだ。アイツが今回の祭りに参加したのはお前を倒すためなんだ。アイツはお前に勝つ事で俺のトラウマを克服しようとしてる。だからお前がアイツの口から降参と言わせて欲しいんだ」
「なるほど、だからあんな一ブロックだけ弱そうな人ばかりで固めたんですね」
フツバがニヤつきながらレイゼに笑いかける。
「やっぱバレてたか。この前に十空組の奴らのほとんどに言い当てられたんだけどな。全員黙ってくれてたけどな」
レイゼの狙いに気づいているのはきっともっといるのだろう。
しかし、誰も噂などは流そうとはしない。
この「最強祭」などという名前は建前で本音は「教育祭」なのである。
その事はバンをフツバと同じブロックにして他のブロックでは有力候補がぶつからないようにしていた時からなんとなく勘づいてはいた。
「分かりました。その依頼承ります」)
「今からでも俺強くなれるかな」
涙が一粒頬をつたい落ちる。
「あぁ、強さに時間は関係ないからな」
その言葉を聞くとクトゥルは膝を地面に着き両手も地面に着ける。
そしてゆっくりと頭を下げて、
「参りました」
フツバへ敗北宣言をする。
レイゼの拍手から拍手は伝染していき、会場全体が拍手の渦となる。
「クトゥル、じゃあお前に一つアドバイスするとだ。お前は霊装の使い方が勿体無いな。もっと有意義な使い方をした方がいい。せっかくかっこいいんだから」
フツバが耳元でひっそりアドバイスを送る。
「ふぅ、ふぅ、フツゥビャのじょうりぃ」
その鼻水ダラダラの実況にフツバが笑いながら崩れ落ちる。
後から聞いた話だが実況者はクトゥルのお父さんだったらしい。
クトゥルは顔を上げ膝をついたまま向きだけを変える。
そのクトゥルの斜め上の目先にいるのは、
「レイゼさん、いや族長。また今度手合わせして頂いてよろしいでしょうか」
「いつでも来いよ!ボコボコにしてやっからな」
そう、斜め下を見ながらそう優しく鋭く笑うのであった。