四章32話 極技と青
間合いの取り合いがまた始まる。
ソウジロウの間合いは短いそれに対しメルティは長刀による長い射程。
ソウジロウが押し切られれば負け、間合いに入れたら勝ちと非常に分かりやすい。
勝因が単純であればある程その戦いは短期な物になる。
「水斬り流、『瞬水』」
メルティの刀が一気に加速、目で追えないのでは無く見えない。
フツバの無力神殺と似た感覚だ。
常に紙一重の間合いで避け続けていたソウジロウの道着の胸元辺りが切れ、薄く血が流れる。
「やっと当たったな」
ソウジロウへの勝利の道筋を掴んだメルティが一気に仕掛ける。
長刀を上から下から斜めから、あらゆる角度あらゆる速度でソウジロウに畳みかける。
「水斬り流」のやっかいな所はこの連斬にある。
どれもスピードから加速速度まで様々な事が異なる。
流石のソウジロウもこれには対応しきれず道着がどんどん切られ乱れていく。
致命的な一撃は無いがこのままではソウジロウの負けは確定している。
「こちらもお見せしましょうか。これが一つの極技です」
畳み掛けるあまり会場のど真ん中に来ていたメルティ。
ソウジロウがそう口にした瞬間。
ソウジロウの足が止まり、直立していた姿勢から急に目の前から姿が消える。
メルティの刹那の困惑の後に背後から内臓に響く一撃。
メルティの体は空高く舞い上がる。
メルティは着地はなんとか間に合わせるが体内から溢れる血を吐いてしまう。
「空に舞い上がってたな、あのメルティが。スゲェな」
観客の男が一人、ソウジロウの小柄な体格でメルティを舞い上がらせる程の一撃を言っていた極技として評価する。
「そうなの?あの一撃ってそんなに凄いの?フツバ」
ライラがその男の言葉に影響を受けフツバに聞いてくる。
会場もあの一撃ばかりを評価する声が多くなる。
「違う。確かにあの一撃も強いんだろうけど。ヤバいのはそれじゃない。あの人、前動作なしの一歩でメルティの後ろまで回り込んでた。あっちの方が十倍ヤバい」
足を止め、体は完全に無に戻った筈なのに一歩で後ろに回り込んだ。
これが意味するのはソウジロウが一瞬でどこへでも移動できるということ。
押し切り作戦だったメルティには相当強力な技だ。
ソウジロウは目の前の相手以外に戦闘中に声をかける事などはしない。
例え極技を違う物で話が進んでいても訂正はしない。
ソウジロウの極技を知った上でもメルティは攻める。
いつどのタイミングであの回り込みをしてくるか分からない。
メルティの刀に迷いが生じる。
その迷いは柔術家の前では大きな隙となる。
回り込まれるのがいつか、いつかとなっているメルティには真正面から隙を突いて腹にまた一撃を入れる。
また空高く舞い上がり、着地は意地でも間に合わせるメルティ。
またもや着地後に吐血する。
血の量が先ほどよりも多い。
「ソウジロウ、貴様の技は外傷があまり無く厄介だな」
「これはカラテと言って私の本職ではありません。文献を真似ただけです」
「貴様の本職を見せて欲しい物だな」
「えぇ、見せてあげましょう」
「私はな、お前の立ち回りがウザすぎてこの戦いには飽きた次で決める」
「どうぞご自由に」
「フンっ」
メルティはそう鼻で笑うとすぐに立ち上がり、技を撃つ。
「水斬り流、『半月』」
刀を片手で大きく振り上げそのまま真っ直ぐに下ろす。
それには今までのような速さは無く寧ろゆっくりと固く重そうな物を斬るような動きだ。
そんなゆっくり振り下ろした刀も地面に着く。
「フゥゥゥゥ」
会場にはなんの変化も訪れていないのにも関わらずソウジロウが何もない場所を見つめ息を吹き集中している。
「フツバ、解説」
「後一秒で着くから見てて」
フツバは会場に目を凝らし、ライラを見もせず質問を返す。
言った通り一秒後、ソウジロウが両手で何もない場所を掴みにかかる。
しかし、ソウジロウは確かに何かを掴んでおり証拠に体が少しずつ後ずさっている。
ソウジロウの顔はどんどん血が上っていき赤くなる。
ソウジロウが押し切られるよりも前に掴んでいる何かに指を食い込ませる。
「貴様、何をしようとしている?」
メルティがその食い込んだ指を見て驚愕している。
観客には愉快なパントマイムにしか見えていない。
「ヤバいな」
フツバがその光景を見て剣を抜き、ソウジロウの背後の観客席の方へ急いで向かう。
「ヌゥゥゥゥゥ‼︎」
「おい、馬鹿なことを言うな⁉︎」
ソウジロウは確実に両手で何かを掴んだ。
「ンンンン‼︎ヌゥワワァァァ!!!」
そのまま体を思いっきり外らし、掴んだ何かを背後にぶん投げる。
その直線上にはフツバが既に剣を構えている。
「よし、来たぁ」
フツバが想定通りのソウジロウの行動にその投げた何かを斬る。
フツバが何かを斬ると突風が吹く。
「柔術というのは空気を投げれるのか?」
メルティが呆れた声で顔が真っ赤なソウジロウに聞く。
「フッ、」
ソウジロウの姿がまたそこから消える。
「今のは私のチャレンジですよ」
メルティの背後から声が聞こえる。
(また背後に⁉︎)
「そしてこれも」
ソウジロウが人差し指だけを立ててメルティにくっつけると何重にも音が重なり混ざった音が鳴る。
その音と共にメルティが地面に倒れ込み白目を剥いている。
ソウジロウが腰を曲げ、
「ありがとうございました!」
この十秒と少しの怒涛の時間に観客が置いてきぼりにされたままソウジロウが会場を去っていく。
「な、何が起こったんだよ⁉︎今のはなんだったんだ⁉︎誰か説明してくれよ‼︎」
この十秒と少しに何が起きたのか一つも分からない観客が混乱に包まれる。
そして視線が集まるのはもちろん、何かに対処して場所を移動していたフツバである。
「ハァ、分かった。あくまでも俺の推測で解説するぞ。間違っていてもこちらでは責任は取りませんのでご注意下さーい」
フツバが断りきれない観客の視線の数に解説を強いられる。
「まず最初の「半月」っていう技だけど。あれはゆっくり空気を切っていたんだよ。あれでメルティは大きな空気の波を発生させたんだ。その空波みたいな物は普通掴めるはずがないのにソウジロウは掴んでそれを投げやがったんだ。もし、あれ俺が切ってなかったらこの今俺が立っている場所の半径十メートルら辺はぶっ壊れてたんじゃねぇかな。
そんで最後のあの攻撃は、」
フツバが会場の運ばれようとしていたメルティの姿を見つけそちらに向かって
「その人の背中ら辺の内臓の損傷がすごいと思うんで気をつけてください!!」
「わ、わ、分かりました」
フツバが試合の内容から症状を伝える。
「ヒスタにアンタがやれってライラが言ってたって伝えたらアイツがやるから。ヒスタに任せなさいよ!」
「は、はいぃ」
怪我人を運ぶ担当の者からすれば治療班にそんな言葉遣いは恐れ多いようだ。
「話を戻して最後の攻撃の方だけどあれは一回殴って弱らせていた内臓やら血管やらを指で一箇所に刺激を与えてその痛みで気絶させたってとこだろうな」
フツバのそれっぽい一通りの説明を聞いて改めて納得する観客。
一部の観客が観客席にいるレイゼの方を見ている。
「別に異論はねぇよ。強いて言うなら半径十メートルは言い過ぎって所か」
「それは俺の株を上げるためだから許してくださいよ」
レイゼにフツバが少し盛った表現の部分を指摘され悔しそうにしている。
体験したのはフツバだけだから言ったもん勝ちだとしたフツバの算段が甘かった。
そのまま会場は昼休憩に入った。
元は午前で二試合する筈だったのがクトゥルが一試合目の延期を抗議し続けていたので時間がなくなった。
フツバ達も昼ごはんを食べに向かっている。
祭りという事もあり出店もたくさん出ている。
「フツバさん、私はさっきの試合を見ていて思ったのですがあのソウジロウという方相当強くないですか?メルティさんは前回の四位それを少しは怪我をしていたとはいえあの倒し方……」
「何?もしかしてアトラ、フツバが二回戦であの人に負けるとか考えちゃってる訳?大丈夫に、」
「いや、結構ヤバいよあの人」
フツバが落ち着いた声でそう断言する。
「え、でもバンにも勝てた訳だし」
ライラはフツバがバンに勝てた事でフツバの残す敵はメンドゥーサのみとなっていた。
「正直言ってあの人はバンといい勝負してると思う。ちょっと気合入れてかなきゃな」
フツバの試合を見る前と見た後の態度では明らかに変わっている。
フツバもソウジロウを少し甘く見定めていたようだ。
「その言い方はまるで俺には気合を入れないように聞こえるんだけど?」
三人の後ろから聞き覚えのあるダルそうな声。
「なんだ?着けてたの?エッチねぇアンタ」
フツバが後ろを振り向き茶化した態度で接する。
「お前には万全の状態で来てもらわないと困るんだよ。お前を一回倒すだけで俺の強さが証明される。一番ダルくない方法だからな」
これだけ強気に語られてもフツバの態度は変わらない。
「まぁまぁ、ダルいとか言わずに楽しみましょうよ。そんな気張ってないで。君こそ本気で来た方がいいよ」
フツバの横の二人はフツバよりも殺気がバチバチだ。
クトゥルは二人を見た後フツバの方を見て一度鼻で笑う。
「何?俺の顔そんな面白い?一応変顔してるつもりはないんだけど」
「いや、そんな女二人を連れているなんて甘ったれた心だと思っただけだ」
より二人の視線が鋭くなるがあの十空の前で煽ることのできるクトゥルからすればこんなのはなんでもない。
そんな二人の態度とは反対に表情を微笑んだ状態から変えないフツバ。
「ま、明日明日。今どうこう言い合ったって何にもならんしね。ね、霊装楽しみにしてるよ!じゃね。青年」
フツバはこれといって緊張感を見せない。
これ以上言うことのないクトゥルは追うことはしない。
「なんでフツバあんなこと言われてんのに怒んないのよ⁉︎」
「そうですよ⁉︎」
女性二人からさっきの態度のことを怒られる。
「ん〜。まぁ、そんなことは置いといてさ、思わなかった?」
フツバが答えをぼかし話を切り替える。
二人の意識もフツバの話の入りに向く。
「何がよ?」
「え、俺最後にさ、青髪のアイツに向かって『青』年って言ったんだぜ。青と青。上手くないか?」
二人からしょうもないとあしらわれる筈だったこの冗談。
「どこに青がはいってんのよ?」
「はい?」
嘘とか冗談とかそんなのではなく聞いている真剣な顔。
「だって青髪とセイネンでしょ。セイネンの方のどこに青が入ってんのよ」
「あそっか。やっぱ何でもない」
「え、どこに?」
「もう、いいって言ってんだろ!」
「ねぇ、どこどこどこどこ?」
「うっさい!」
「フツバさん、どこに入ってるんですか」
まるでフツバが間違った事を言ったかのようなこの二人の態度は気に入らないが仕方のない事だ。
「普通に萎えたわ」
久しぶりのこの言葉の壁に明日までテンションが下がるフツバだった。