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四章17話 あの人

 場はヤイシの説明が終わり静まりかえっている。

 

「だから私にあんな強く与えるのね……」


 ライラがぼやき、ヒスタの途方もない努力が儚く散ったことを知り自分が分からなくなる。

 ライラだって努力をしなかった訳ではないしかしヒスタ程のことをしたかと言われればお世辞でも釣り合わない。

 この時ライラの心に一つの疑問が生じてしまう。


「なんで私なんかが」


 ライラの心が揺らぎ言葉が漏れる。


「それでもパナセアさんがあなたを選んだというのは事実ですよ。あなたには彼女と違う何かがあるんです」


 ヤイシが優しく励ましてくれる。

 ライラの胸の痛みが一瞬和らぐがすぐに痛みだしてしまう。

 その日、この研究所一帯はお通夜ムードとなり作業音だけが響いていた。

 運命の翌日。

 ライラが華やかな服装とは対比的な顔は暗く、常に下を向いている。

 行動は昨日と変わらないが全ての動きがノロい。

 そして、当たり前にヒスタと出会ってしまう。

 ここからできる限り遠い場所へ逃げ出したくなるが足が動いてくれない、この閉鎖された空間が逃してくれない。

 昨日と変わらない姿のヒスタ、清潔感のない白衣にポケットを入れてこちらをじっと見つめている。

 ライラは目を背けてしまう。

 あんな理由を聞かされてはその姿が汚らしく見えず自分への責任感になって降りかかる。

 目つきが今までより鋭く感じるのはきっとライラの思い込みだ。

 二人の様子を警戒しながら横目に見張る研究員達。

 

「ねぇ、」


 ヒスタはライラの目前まで迫って来て話しかける。


「な、なに……?」


 近くに来れば来るほど存在を感じてしまい、手足が震える。


「竹一族らしく私と対決をしろ」


 ヒスタから平和的な案が出される。

 

「その態度の変わりようからしてどうせ二年前のことは聞いたんだろ。なら私と戦え。そして私より上だと証明してみせろ。本当なら殴り合いたいさ。だけどな私達は薬学を修める身だ。無駄な殴り合いはしたくない。つまりは私がこれで手を打ってやるって言ってんだよ」


 敵意剥き出しの視線は変わらず、昨日考え続けたのであろうことを全て言う。

 先に大人になったのはヒスタの方だった。

 自分ではパナセアの意見を変えることもできない。

 だからせめてヒスタより上だと証明しろということだ。

 本当は丸底フラスコで殴って殺してやりたいがその気持ちを抑えてこの対決を申し込んだのだ。


(パナセアさんの弟子っていう称号の重さで悩んでいただけの私と違ってこの子は私にまで気を遣った提案をしてくれている。やっぱり本当はこの子がなるべきだったんだ。なんで、なんで)


 ライラがどんどん沼へとハマっていく。

 しかしここにはその考えを全て見透かして言い負かしてくれる黒髪黒瞳の少年は今近くにいない。

 

「やるとしてもお前がテキゴウジを覚えてからだ。薬の名前も手順も全部覚えたんならすぐにいけんだろ。明日にでもやって、、、終わりだ。今までのことは全部忘れるんだ。私はただ研究員に戻る。それだけだ」


 疲れきった表情でそう呟くヒスタ。

 きっとこの二年間で思い悩んでいたことがライラを目の前にして踏ん切りがついてしまったのだろう。

 もう自分が誰かの弟子になったり、自分に才能があるなんて思わずただの研究員として名もなき研究員Aとして生きると。

 ライラはそんなヒスタになにの言葉も出ず、酷く自分を惨めに思う。

 

(アトラの時みたく何か言わなきゃ。ヒスタの才能が無駄になっちゃう。何か、何か、、、何も出てこない)


 ライラが舌を僅かに動かすがそこから言葉は生じない。


(私は結局フツバが居ないと……違う‼︎何回この事実を受け止めてるのよ。変わらなきゃ、今、変わらなきゃ。人の人生観変えれるほど立派な事は言えなくても、私の言葉で!)

 

「違うと思う!」


 ライラが喉にされた蓋を突き破って声を出す。

 その声にヒスタが顔を上げる。

 

「何が、」


「あなたがただの研究員?そんな訳ないじゃない‼︎あなたがしてきた努力は聞いただけでも尋常じゃないって事は分かる。これを私が言っても嫌味に聞こえるかもしれないけど、私はヒスタを尊敬してる。

一日に百枚以上資料を調べて書くなんて所業があなた以外にできるわけがない!あなたは天才よ」


「その天才がなれなかったパナセアさんの弟子になれた自分はもっと凄いな‼︎そうだよ!嫌味にしか聞こえないよ!」


「違う!私は天才じゃない!なんでそんなにあの人の事が大好きなのに理由は特にないなんて言う言葉を真っ直ぐ受け止めてんのよ⁉︎」

 

「は?」


 ヒスタの漏れた声はライラの頬に流れる涙が理由だった。

 

「理由を教えてくれないから、よりどうしようもないんだろうが」


 ライラの汚れのない涙を見て動揺した心を噛み殺し、言葉を紡ぐ。


「あの人が好きなら理由なんて一つしか思い浮かばないでしょ。ヒスタはきっとあの人を尊敬するあまりこんな発想が出ないのね。だから教えてあげる」


 パナセアともあろう人が優秀なヒスタを理由も無しに遠ざける訳が無い。

 あんなエピソードを聞かされれば理由なんて想像がつく。


「あの人をあんたは超えてんのよ!」


「超えてる?そんな訳あるか」


「えぇ、今は超えてないかもしれない。でもあの人はきっと気づいたのよ。自分が本気で教えれば余裕で超えられてしまうって。

あの人はめちゃくちゃに負けず嫌いできっと弟子に短時間で抜かされたら死ぬ程悔しくなる人だから、あんたを遠ざけたに決まってんでしょ。

なんであの人の事がそんなに好きなのにその性格に気づいてないのよ。あの人はあんたに嫉妬してんの‼︎」


 パナセアが頑なに弟子を作らなかったのは負ける未来が怖いからとライラなりの憶測がある。

 そんな状態のパナセアの前に一日に百枚以上資料書いてくるヴェーラ無しでの天才が現れたら怖くて遠のいてしまうに決まってる。

 それも二年前ならまだガーリンの死も知らないだろうそれなら尚更弟子作りに積極的ではないだろう。

 パナセアが理由を言えないのはそれを断る理由にすればそこで負けを認めたような物になる、だから言えないのではなく言いたくないのだ。

 

「私に嫉妬なんてあの人がする訳ないだろ。私はあの人に認められてないんだ。。。才能がないだから遠ざけられて、」


「違いますよ、ヒスタ」


 ライラの言いたい事は言い終わった。

 交代でヤイシが手に何か持って入ってくる。

 そしてその二つ折りにされた紙を優しくヒスタに渡す。

 紙は汚れていてボロボロで年季が入っている。


「これは?」


 もう自分がどう思われてるのか分からなくなり、おかしくなりかけているヒスタへ渡されるべき物は一つしかない。

 先代の班長、つまりはイリックがヤイシに存在だけを伝えた物。


「渡すのは私の弟子とヒスタがぶつかり合った時って言われてるから今、ね」


 その言葉で誰からなのかハッキリすると同時に白衣が風に大きく靡く。

 ヤイシがその差し出された紙をすぐに受け取る。

 そして手を震わせながら二秒ほどその紙と見つめ合い、丁寧に紙を開ける。


ーーー ーーー ーーー ーーー ーーー ーー


「負けず嫌いなのは分かりますがいくらなんでも可哀想では?」


 イリックとパナセア、二人きりの空間でイリックが話を切り出す。


「なっ⁉︎べ、別にそれだけが理由じゃないに決まってるだろ!」


 早口になって喋り、焦ったように酒を飲むパナセア。


「本当ですか?私には負けず嫌いにしか見えませんでしたが。理由があると」


 イリックにはそれが咄嗟に吐いた言い訳にしか思えなかった。

 しかし、パナセアの勝ち誇った顔に、その程度しか見破れんかと言いたげな顔を見てそれが真実であることを確信する。


「なんなんですか?」


「それはな、」


 その時、外でヒスタが世紀の大発見をしようとして大失敗し大爆発が起きて声がかき消される。

 爆発音は余韻も含めて十秒ほど続く。

 パナセアの声は目の前にいるイリックにしか届かない。

 パナセアが喋り終わるとイリックがため息を吐く。

 

「五英傑を身近に感じ過ぎてて舐めてました、すいませんでした。パナセアさんのそういう考え方、私は大好きです」


「これ」


 パナセアがポケットから手紙を取り出してイリックに渡す。


「何です?」


「これを、そうだな。私の弟子とヒスタがぶつかり合った時に渡してくれ。あの子へのせめてもの謝意だと思ってくれ」


 その手紙を預かったイリックは棚にしまい、綺麗に管理しなかった。

 きっと二年後にはボロボロになってしまっているだろう。

読んで頂きありがとうございました。

このライラとヒスタのやり取りはもっと短くするつもりだったんですが書いてみるとどんどん増えていき、もう4話分取る事が確定しました。

ライラは自分の立場の重さを知りライラはより精神的にも強くたくましくなっていきます。

次でなぜヒスタではなくライラなのか僕が意識していたヒスタのある特徴が重要になります。

また次話でお会いしましょう

良ければ感想、アドバイス、質問、お願いします

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