四章16話 ヒスタ
「あぁ、なんだよ?またお前か」
「はい、今日も持ってきました!回復薬に睡眠薬それから解毒薬と胃薬。どれも完璧に作れてると思います」
綺麗に白衣を着こなし、鮮やかなオレンジ髪もいきいきとしている。
今も昔も変わらず酒を飲み椅子に座り休憩しているパナセアの前の机に一つずつ置いていくヒスタ。
パナセアは興味がなく、椅子についた汚れを爪で取ろうとしている。
熱心に横で熱弁しているヒスタに目を向けさえしていない。
「ですから、私をあなたの弟子にして下さい‼︎」
「無理」
「なんでですかぁぁ。私は確かに未熟ではありますがここから先伸び代は多いにあると我ながらに確信しています!私以外に誰がいると言うんですか⁉︎」
かれこれ一週間この交渉は続いている。
パナセアが気分転換としてこちらに訪問し、製薬所に来てはヒスタが熱弁し、それを聞き流されている。
「パナセアさんも少しは耳を貸してあげてはいかがですか?この子もいい線いってるでしょ」
黒髪テンパに緑眼の女が近づいてきてヒスタの作った薬を見ながら話す。
「そうですよ‼︎イリックさんもっと言ってやってください」
この女、ヤイシの一つ前のここの班長である。
パナセアにも実力は認められておりイリックの言葉となればパナセアも耳を貸さない訳ではない。
「別に私だってコイツは才能のある奴だと思ってるさ」
「それなら!」
「でもなんか違うんだよ」
「レイゼ師匠はこんなに弟子を作られてるんですよ?一人くらい作ったっていいじゃないですか」
「お前らからしたらコイツが基準なのかもしれんがコイツは多過ぎる部類に入るぞ。とにかく私は一人しか作らないし、無理だ」
「そんなぁ。また明日来ます‼︎」
「勝手にしろ」
何度来ても結果が変わる事はない。
来ては断り、来ては断りの堂々巡りだ。
その様子を一週間も見てきたイリックも飽き飽きしている。
去ろうとするヒスタにパナセアが呼び止める。
「一つ聞きたい」
「な、なんですか?」
パナセアから話しかけられることに慣れてないヒスタが反射的に後ろをすぐ振り向く。
「お前はどうして私の弟子になりたい?」
「どうして、ですか。……どうして、どうして、ん〜」
「そんなにかしこまらなくてもいい。適当にこうパッと出てくる奴でいい。瞬発的に!」
「パナセアしか知らない薬とかたくさんあるから。ですかね」
「そうか、分かった。ありがとう」
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「それで、これはなんだ?」
パナセアは目の前に積まれている紙束を目障りそうに見ている。
「私はこれほどの資料を一人でそれもたったの三日間で作り上げました。これでいかがですか‼︎」
目の下に若干の隈ができている。
目の前を埋め尽くすのは四百枚はゆうに超える研究資料。
寝る間も惜しみ、自分がどれほど薬学を愛し、行動できるかを示したのだろう。
言われてみれば明日来ると言っときながらパナセアの所に来ていなかった。
その資料の数には研究員全員がドン引きしてしまう。
普通一人の研究員が一日中頑張っても百枚弱が限界だろう。
それも一日でへばってしまうだろう。
これはきっとヒスタなりに考えた自分の努力の成果を目に見えさせる事で評価してもらおうという案なのだろう。
しかしどれだけアプローチの仕方を変えてもパナセアの返事は変わらなかった。
「無理だ」
ヒスタは奥歯を歯軋りし、泣きそうになりながら悔しがる。
その残酷な返答に研究員一同も心が痛くなる。
イリックもその悲痛な表情を見て顔も上げられなくなる。
イリックが言えるのはヒスタの話を聞いてあげて欲しいと言う所までで、判断を左右する程の力は無い。
「なんでですか?こんなに頑張ってるのに、」
「なんとなくだ」
「そんなので納得するはずないじゃないですか⁉︎なんとなくという理由だからこうやって見える形で私の努力を知ってもらおうとしたのにこれでもまだなんとなく何ですか‼︎こんなに、こんなに、必死あなたの弟子入りを懇願した人が今までいますか?いや、居ないはずだ‼︎こんなに頑張ってる私で無理ならもうこの世にあなたの弟子になれる人はいないですよ……」
膝から崩れ落ちれ、涙を一筋流し今までの不満を吐き出す。
ヒスタの才能は自他ともに認める素晴らしい物だ。
「私も君が頑張っている事は分かっている。別に私以外にも凄い薬師はたくさんいるだろ。私は歴史的に古いだけであって世界一かと聞かれれば私は首を横に振るだろう。
私に拘る必要などない。君は才能があるだからもっと世界を見なさい。君は、」
「仕方ないじゃないですか。確かにあなたは世界一じゃないのかもしれない‼︎でも私はあなた見てからここに来た。
昔、あなたがここに来た時、めんどくさがりながらも平然と怪我を治し、礼も言わせぬスピードで帰らせ、何事も無かったかのようにまた休みだす。そんなあなたを見て私はカッコいいと思い、薬学に興味を持った。
私はあなたに憧れてこの世界に入った。私がそんなあなたの弟子入りをするのに拘るのは仕方ないじゃないですか⁉︎」
「申し訳ないと思っている」
「何が足りないんですか⁉︎私に何が足りないんですか⁉︎あなたに教えてもらえればきっと凄い薬師になれるはずです。そうでしょ‼︎」
「あぁ、君は素晴らしいよ。全てが足りている。だけど、ダメなんだ」
頭を掻きむしり、髪が荒れていくヒスタ。
納得いかない、意味が分からない。
「またなんとなくですか……」
「……そうだ」
「ウ、ウ、ゥ」
ヒスタが床に横倒れになり、声を出して泣き出してしまう。
「私は帰るとするよ。荒らしてしまいすまなかったな」
パナセアが立ち上がり、帰りの支度を始める。
「大丈夫ですよ。いつかまた来てください。あの子には約束通り」
イリックがパナセアに近づき耳元で確認をとる。
「あぁ、頼んだ。私は何発打たれれば許されるかな」
「きっとこの紙の枚数は超えるでしょうね」
「そうか、次は薬を大量に持参しておく」
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パナセアは二年前こうしてここを去った。
それからパナセアがここに来る事はなかった。
そして、ヒスタの目の前にパナセアの弟子が現れた。