四章15話 犬猿の仲
「また失敗したぁぁ。なんでヤイシさんみたいに綺麗にできないのかしら」
ライラが三角フラスコの中で濁った薄緑色の液体を覗きながら嘆く。
早い事でライラ達がここに来てから四日が経った
ここに来てから集中して作業できるのは初めてだ。
この前の三日間は忙し過ぎた。
初日はフツバが隠していた事やら色々を聞いたり、二日目はフツバの治療、三日目はアトラのヴェーラの発現。
怒涛の勢いで過ぎていった三日間を取り戻す為ライラは真剣に薬学に取り組んでいる。
今は最もライラが使う頻度が多くなるであろう回復薬を製造している。
ライラは作り方自体は叩き込まれたが綺麗な純度の良い物を作る事ができない。
お手本としてヤイシが作ってくれた物と見比べるとやはり濁って見える。
頭を抱えるライラの様子を見かけたヤイシが近づいて来る。
「どうしたんですか?」
相変わらず小さい声で気を抜くと聞き逃してしまいそうだ。
「それが全然透き通らないというか、透明になってくれなくって」
ライラが何度やっても透明にならないことを伝える。
「うぅん、そうだね、」
「テキゴウジになってないんじゃねぇか?」
ヤイシの言葉を横から横柄な態度で冷たい声が遮る。
その声の方をライラは嫌悪の感情をもろに表情に出してその声の方を見る。
ヤイシは座るライラに自分も屈んで話しかけてくれるという聖女だが、この声の主はポケットに手を突っ込み上から目線でかつ刺々しい口調で話してくるオレンジ髪の悪女だ。
「わざわざここまでご足労頂きありがとうございます。で、何しに来たんですか?」
「お前がこんな初歩中の初歩でつまづいているようだから教えに来てやったんだよ。全く、テキゴウジで悩んでるとか素人も甚だしいな」
「えぇ、えぇ、すいませんね。あなたは凄いんでこんな素人ほっといて一人で作業しててください。私はこの優しいヤイシさんに教えてもらいますのでお帰りくださーい」
仲が良いタイプの言い合いでは無く本当にお互いが嫌っているようないわゆる犬猿の仲という奴だ。
二人の間には因縁がある。
オレンジ髪の少女、「ヒスタ」が何の因縁があるかは知らないがライラからすれば初日から殺しに来たヤバい奴だ。
それにこの態度となるとライラが嫌悪するのも無理はない話だ。
「まぁまぁ、二人ともそう喧嘩しないでください。仲良くしましょうよ。ヒスタ、命令です。ライラにテキゴウジについて教えてあげなさい」
いつもと変わらぬ優しい口調で言うがヒスタはそれに文句を言う事ができない。
「嫌です。コイツに教えてもらうくらいなら周りの人に聞いた方がマシです」
ライラがそっぽを向いて反抗する。
「ライラ、あなたも今は私の班の一人。班長の命令が聞けないのなら周りの物を使う事は許しません。それにこの子はこう見えて天才なんですよ。
テキゴウジなんて三日で覚えちゃったんですから」
ここに入り、施設を使わせてもらう以上この人の命令は絶対。
もしその命令さえ気に入らないと言うのならレイゼに直談判し、班長を辞めさせる。
それがこの竹一族の慣わしだ。
ライラもここの一員なのだから従うしかない。
「分かりましたよ。けど、ヤイシさんも遠くにまで行かないでくださいね。またコイツが私を殺しにかかるか分かりませんから」
「うるさい、あの事はもう水に流せ」
「普通水に流す時は謝罪だったりの何かしらの水が流れ込んでくる物なの。なのに謝罪も一切無しで水に流せると思わないでよ」
ライラの言う通り実際、あの件についての謝罪は一つもない。
殺人未遂までしといて謝りもしないとは人として終わっている。
「そんでテキゴウジって何?」
ライラが教えてもらう態度とは正反対な態度で聞く。
「そんな事も知らない奴があの人の弟子なのってんじゃねぇ」
「は?」
二人の間にまたヒリつく空気が流れる。
「ハァ、もうなんでこうなるんですかねぇ。パナセアさんも私達にすぐ会うからと言って教えないのはひどいです」
ヤイシが胡桃色の髪をまとめて本格的に教える体勢に入る。
この二人で無理なのは今の会話だけで確定した。
わずかな希望で夢を見ていたヤイシが悪かった。
「テキゴウジというのはですね、略称でして本当は適正合成時間。つまり材料と材料を混ぜる適切な時間という事ですね。ライラはどの本を見てこれを作ってたんですか?最近刷られた物ならそれも一緒に載せてくれてる事が多いんですが」
言われてみればなんかそんなことを言っていた気はする。
聞いても今じゃないと言われた記憶がある。
「なるほど、そんな物が。本は何も見てないですよ。私、師匠の所で全部覚えてきたので。流石に短い期間とはいえそれぐらいは覚えましたよ」
ヤイシの動きが止まり、ヒスタは鋭い目つきでこっちを睨んで来ている。
「全部っていうのはまさか四百種類以上の薬を全部材料を覚えたんですか?」
「はい。なんなら作り方も覚えてますよ」
「……」
気づけばライラの声の聞こえる範囲の人全員の手が止まっている。
ヒスタは歯軋りをし、ひどくムカついているようだった。
「一ヶ月で材料に作り方まで全部覚えたのか。あんなややこしいのにか」
聞いていたシバキタが額をハンカチで拭きながら近づいてくる。
「それじゃあ、テキゴウジだけ覚えれば全部作れるという事か。なるほど、選ばれた理由が分かってきたかもしれんないな」
「何もすごくないでしょ‼︎」
ライラを褒め称えるシバキタに腹を立てらしくも無く声を荒げるヒスタ。
「何?一ヶ月で全部覚えた。そんなのあの人の所で、あの人の弟子としてやってたんなら当たり前でしょ。私だってそれぐらい覚えてる‼︎テキゴウジだって覚えてる。お前と違って私は覚えてる‼
︎一ヶ月で覚えたのは確かに凄いわよ。だから何?一ヶ月で覚えたってお前が私達よりも使いもんにならないくらい分かりきってる!お前はただちょっと覚えるのが得意なだけのお姫様‼︎今まで苦も無い人生歩んできて外に出るしか無くなって自分に何もできる事がないから適当にやれそうな奴見つけて、やってみたら上手くいった。これで活躍できるとでも思ってんの⁉︎
お前は何もできない足手纏いなんだよ⁉︎それを自覚しろよ。こんな勉強してないで走り方でも教えて貰った方がマシなんじゃない?身の程を弁えろよこの、」
淡々と詰めていくヒスタの頬をヤイシが強く撃つ。
ヒスタは目が一瞬涙ぐんだあとまたライラへ背を向けどこか遠くへ歩いて行く。
ヤイシがライラに近づいて来る。
「ごめんなさい、本当はもっと早くに止めるべきだった」
ライラは水面張力ギリギリで耐えた涙腺をキュッと締め直し、笑顔を作る。
「大丈夫ですよ。そんなに謝らなくたって。私だってアイツが言ったことくらい分かってますから。言い返したい事はあるけれど確信を突いてるところもありますし。別に、私は、」
「いえ、あれは言い過ぎよ。そんなに酷く落ち込まないで。もう話すしかなさそうですね、あの子が何故あなたをあそこまで嫌うのか。あの子と、パナセアさんの関係を」
ライラはパナセアという言葉が出てきたことに驚く。
確かにヒスタはパナセアの事を「あの人」と呼びライラを侮辱してもパナセアを侮辱する事はなかった。
それは薬学に携わる者としての敬意のような物かと思っていたがそれを聞くとそうではない様子だ。
この一連の会話を聞いていた研究員も誰一人としてヒスタを怒って止める事はなかった。
神妙な面持ちから全員関係については知っているようだ。
これから語られるのは二年前のこの場所で起きた一人の少女が努力に裏切られるお話である。