三・五章22話 スカーフ達の危険
「でもそんなに大金を報酬で出してくれる人なんてこの村に居るんだな」
久しぶりに仮面を付けて外を歩く。
フツバのこの言葉にサイトウは何も返してこない。
サイトウにしては珍しい無視だ。
独り言ともとれる言葉だったのでそう受け取ったのだろう。
なんだか遠くの方から視線も感じるが依頼が来るほど噂になっているならしょうがない。
この村は最初に来た時とそんなに様子は変わらず暗ーく店をポツポツと営んでいる。
「やっぱり支配されたままが良いとは私は思えないわ」
この町の雰囲気を改めて見てみて思う。
「まぁこれがこの村の人達が選んだ道だしな。それに異論の声がないのがその証明だ」
町のこの雰囲気に反乱する者は誰一人としていない。
みんなこの生活を良いとは思っていないだろうただこれが一番安定するのだ。
「でもこんなの」
ライラはやはりこの思想を受け入れられない。
そして自分がこの国のお姫様である事がこれまた悔しい。
「姫さん、今後この感じの町は何個かあるだろうけどそれを変えよう変えようって思わない事だ。これは人それぞれが目指す幸せが違うからだ。姫さんはきっとみんなに笑っていて幸せであってほしいだろう。でもこういう貧しい村は生きるという事だけを目指しているんだ。だからこれを無理に変えようとするな。変えるなら、」
「お姫様として、よね」
大事なことはしっかり理解している。
ライラが見たこの景色はきっと将来役立つだろう。
「そうですね。一緒にこの状況を打破できるように頑張りましょう!」
アトラも久しぶりに黒髪に染めている。
これらの会話は周りに聞こえすぎないように小さめの声で喋ってはいたが、全くサイトウが会話に入ってこない。
確かにあまりサイトウが入ってくるような題材じゃなかったがこの村の話などは入れただろう。
やけに静かだ。
「あの古屋がその人の家です」
サイトウの騙すための古屋にそっくりな家だ。
村の中でも特に暗い。
「サイトウ、大金を報酬で出してくれるのにあの古屋なのか?」
フツバが先程から感じる違和感に、不穏な空気。
「はい、あれが頼まれた人の家です」
サイトウの家をさす腕の下は脇汗がビショビショだ。
「おい、もう一度聞くぞ!あそこでいいんだな⁉︎」
サイトウは絞り出すような声で
「あそこです」
ここまで異様なやりとりを見せられてはライラとアトラも周囲の異質な空気に気づく。
「分かった。じゃあ行ってくる。お前らは待ってろ」
フツバが躊躇なくその怪しげな古屋に向かって歩いて行く。
「待って下さい!あまりに危険です」
アトラが必死に止めようとするがフツバの足は止まらずズンズン進んで行く。
「絶対危険よ!戻って来て!」
ライラでさえも感じるおかしさ。
見ればサイトウも目の奥が死んで涙を浮かべている。
二人の声を聞かずフツバはそのまま古屋の前に着いてしまう。
フツバは扉を息を吐いたり、考え込んだりせずに歩いた勢いのまま扉を開ける。
案の定、
「オッラァァァァァ‼︎」
中からブクブクと太ったハチマキを巻いた男と体に筋肉がついた色黒の男が猛勢でフツバに殴りかかる。
「っどけぇ!」
フツバは反射的に太った男をぶん殴る。
男の左頬に決まった右フックは男の歯を砕く。
その太った男が気を失い、地に倒れる時にもう一人の男にもたれかかり、男の体勢も崩れてしまう。
男は身軽さを活かしてすぐに下敷きから抜け出す。
「オトメ・フツバだな。お前は殺せって言われてる」
男はズボンのポケットから小型ナイフを取り出し、刃をフツバに向ける。
「早よ、来い。時間がない!」
フツバは切羽詰まった様子でナイフに一切の物怖じをしない。
「じゃあお望み通りに!」
男は前傾姿勢でフツバに襲いかかるが、命令の内容遂行には程遠い動きだ。
フツバは怒っているのか力一杯に足を垂直に振り上げ、男の顎を蹴り砕く。
男は気を失いながら宙を舞う。
その僅かな間の出来事に関係がある筈のサイトウは驚いている様子だ。
「これはどういうことですか?サイトウさん⁉︎」
目の前で起こった罠と思われる出来事に腹を立て、アトラが問いただす。
「わ、私は」
サイトウは飛びかけた意識でなんとか口を動かそうとする。
「待て!今はそんなことはどうだっていい。サイトウ、これはどういう命令をされた⁉︎」
フツバはサイトウに殴りかかったりサイトウ本人に怒っている様子はない。
サイトウの弱った表情を見れば自分が考案した事じゃないくらい分かる。
なら聞くべきはどういう命令だったかなのだ。
「どういう命令って、それは。フツバさん達をここに連れて来いとそうじゃないとあの子達が、」
サイトウは思い詰めた様な表情で頑張って語るがフツバはそんなことを気にも留めない。
「命令は、俺ら全員か⁉︎」
フツバが今までにないくらい焦っている。
この答え次第では教え子達が。
「全員連れて来いと言われました」
サイトウはただ答えるだけの人形の様だ。
「なら、マズイッ!」
フツバが焦りを爆発させ、物凄い勢いで駆けていく。
フツバの全速力、一歩目の踏み出しが靴の裏にジェットでもついてるかのように人外の跳躍力に疾走が加わっている。
その行動にアトラもフツバと同じ思考に辿り着く。
「サイトウさん、あの子達が危険だ‼︎」
アトラがフツバの駆けて行った方を見てそう叫ぶ。
気が抜けているサイトウには意味が分からない。
「アイツらはフツバさんを差し出せばあの子達を助けくれるって」
「これは全部罠です!ライラさん今すぐ戻りますよ!これはフツバさんの危険にもなり得ます!」
アトラもフツバに遅れて切羽詰まった様子でライラに必要な情報だけを教える。
「分かった。すぐ向かいましょ!」
二人も全速力で走って行く。
サイトウの何よりもの行動力のスカーフ達の危険と聞いてサイトウの体も勝手にアトラ達の後ろを走りだしていた。