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三・五章17話 レグレス

 子ども達は汗を流し、息を切らしている。


「順位は思った通りだな」


 フツバが体力測定の結果を見て呟く。

 その順位はと言うと、一位スカーフ、二位リーレンス、三位リィヤ、四位レグレス、だ。


「これで何が分かったんだよ?」


 前屈みになりながら定距離往復走と題したシャトルランで八十回というか年齢に削ぐわない大健闘を見せたスカーフが聞く。


「お前たちに足りない物が見えてきた。剣術どうこうの前にもっと基礎的なとこ伸ばさないとな。スカーフ、お前で言うと柔軟だ。長座が三十七は硬いな。機敏に動くには柔軟性は欠かせないから毎日のストレッチは絶対だ」


 フツバが記録用紙を見て、ひとりひとりを分析していく。


「私は?」


 積極的に頑張っていた二人のうちのもう一人のリーレンスが聞く。


「リーレンスは体力だな。定距離三十五はダメだな。お前は走り込みだ」


 残っている二人は率先して聞くタイプではないことはもう分かっている。


「リィヤは握力と反復横跳びだな。反射神経とシンプルに鍛えだな」


「は、はい。分かりました」


 フツバとは目を合わせようとせず、下向きながら返事だけ返してくる。


「それからレグレスだが、お前は全体的に低すぎる。強くなりたいなら全部やらなきゃなんないぞ」


「そうですか」


 厳しい事を言われた割には冷めた返事だ。

 それにレグレスは息切れが一人だけもう落ち着いている。

 

「お前たちには言ってなかったがこの体力測定は今から言う基準を全員が超えない限り毎日やってもらうからな」


 フツバがサラッと言った地獄の様な一言に流石に全員が顔を顰める。


「嘘だろ!てことはレグレスが全部ダメってことは毎日これを全部やんのかよ⁉︎」


「そうだよ」


 フツバは修行というものの感覚がバグっているのかキツイとは思ってもいない顔だ。

 

「それじゃあ、剣術に充てる時間がないじゃなんかよ!」


 全部をこなすとなると子どもたちにとっての活動時間の半分以上を費やす事になる。

 そこにご飯、休憩が入ってきては剣術に充てる時間は一時間あるかないかだ。


「剣術なんて三十分有れば十分だろ」


 フツバが何をそんなに怒鳴っているのか分からない顔で言う。


「三十分なんかじゃ強くなれるわけないじゃない!私達は剣を一秒でも多く振りたいの!寮の中で振ったらサイトウに怒られるから外で振るしか時間がないのよ!」


 リーレンスが必死に自分達の立場を主張するがフツバは全部認知している。


「お前たちはまさか無闇矢鱈に剣を振る事を修行だと勘違いしてるじゃないだろうな⁉︎」


 フツバからすればおかしな時間配分だ。

 フツバも修行の時代はほとんど剣なんて触っていなかった。

 フツバも三十分だけだった。

 だからきっとスカーフ達の考えはその時の自分と同じだ。

 それを証明するかの如くスカーフもリーレンスも誰も反論してこない。


「あのなぁ、氷野先生の時は目的てきにもそれで良かったかもしんないけどな俺の場合はダメだぞ。量より質だ。毎日綺麗な素振り十回と模擬対戦一回で十分だ」


 フツバが自分の昔の修行を思い出す。

 フツバもほとんど同じ道を辿っていた。

 体力測定に始まり、短時間の剣術、それだけだった。

 でもそれが一番重要なのも身に染みてわかっている。


「模擬対戦って戦うってこと⁉︎」


 リーレンスが楽しそうな修行の名前を聞いてテンションが爆上がりしている。

 

「そうだ。毎日お前たちは実際の剣で俺は木刀でやる。今から始めるぞ」


「「ヤッタァァァァーー」」


 フツバの言葉に二人だけが喜んでいる。

 

ーーー ーーー ーーー ーーー ーーー ーー


「という訳で今の所全員動けずに負けと」


 フツバが尻餅をついてバテている三人を見てつまらなさそうに言う。

 いざ、始まってみれば結果は一目瞭然だった。

 全員殺気に当てられて終了だ。

 三人とも同じ映像が流れて全く面白くない。


「あれ使うのはズルだろ!」


 スカーフが冷や汗を掻き、フツバを見上げながら文句を垂れる。


「なんで使わないと思ったんだ。使った方が早いだろ。ちょっとは動ける奴出てくるかと思ったけど残念だ。最後の一人は心の準備できたか?」


 フツバが最後に残ったレグレスを見る。

 変わらず弱気なレグレスは震えながらも頷く。


「よし、サッサと終わらせるか」

 

 フツバがレグレスから距離を空ける。


「レグレスーー、頑張ってくださーい。君ならできますよー」


 寮の窓から顔を出し応援しているのはサイトウだ。

 サイトウの買い出しの仕事は終わったみたいだ。

 サイトウの隣にはライラとアトラの姿もある。

 アトラはフツバと目が合った事に気づき溢れんばかりの笑顔で手を振ってくる。

 フツバも軽く振り返しておく。


「それじゃっ、かかって来ていいぞ!」


 フツバが両手を大っぴらに広げる。

 もちろん、今までと同じく殺気は当てる。

 

「そりやぁ、レグレスのビビリなんかが動ける訳ねぇだろ。早く終わらせろよ」


 スカーフが当然の決着に見ようとも思わない。

 レグレスは向かって来ない。

 フツバもデジャヴかと思い早々に終わらせようとする。

 レグレスはビビって震えているだけだ。


「ふる、えてる」


 フツバは震えれている事に気づく。

 殺気に当てられたら震える事すらままならない。

 なのにレグレスは震えているのだ。

 フツバは気づくと決着をつける事を一度やめる。

 

「レグレス、斬りかかってこい」


 フツバが足を止め改めて両手を広げる。


「だからその演技をやめろって。どうせ動けねぇんだから」


 スカーフの言葉通りレグレスは全く動かない、動ける筈なのに。

 フツバは釜をかけてみる事にする。


「そうだな。斬るのもめんどくせぇからもう俺の勝ちでいいや。終了、終了」


 フツバがそう言って木刀を床に置く。

 寮の三人もレグレスの負けを見て残念がっている。

 全員が終わりと思った。

 レグレスが三人の元へと歩き出す。

 フツバの予感はしっかりと的中していた。


「あれぇ?おかしいなぁ。俺はまだお前に殺気を当てるのをやめてねぇんだけど?」


 フツバが帰るレグレスの背中を見てニヤリと呟く。

 その言葉にその場にいた全員が驚き目を見開く。


「嘘だろ。冗談言うなって。動ける訳ねぇだろ、コイツが」


 その状況に一番動揺しているのはレグレスではなく見限っていたスカーフだ。


「こっち向けるだろ、レグレス。その演技、やめたらどうだ」


 またレグレスの右手が震え出す。

 観念したのかゆっくりとこちらを向くレグレス。

 

「凄いぞ!レグレスー」


 その姿にサイトウが嬉しくなって叫んでしまう。

 こちらを向いたレグレスは涙を流していた。


「よし、今回は俺の負けでいいや。初回から動ける奴がいたとはな」


 フツバがその表情は一旦見なかった事にして動けた事を褒める。

 レグレスの後ろでは動けた事に驚愕して口が塞がらない三人。

 一番ビビリとされていた男が自分達ではビクとも動けなかった状況を打破している。

 

「レグレス、お前はビビリなんかじゃないんだな。レグレスは剣が、いや、動くことが嫌いなんだろ」


 レグレスは剣を力一杯握り締めていた。

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