幕間 王様の悪だくみ
「―――魔族が討伐されただと?」
ペンドラゴン王国にある王様の私室。豪華な椅子に腰かけた王様は疑問の声を上げた。
「はい。先程、報告がありました」
顎に茶色い髭を蓄えた王様の問いに、その傍に控えていた家臣の男が答えた。
「……まさか、あの頭の可笑しい勇者がやったのか?」
「いえ、違います」
王様の疑問を即座に否定する家臣の男。
「ほう。では、誰がやったのだ?」
「報告によりますと、アルバの街にある冒険者ギルドに登録している冒険者のようです」
家臣の男は、その手に持っていた資料をめくりながら王様の質問に答える。
「その冒険者とは、どんな奴だ?」
「……申し訳ありません。どうやら、今年になってから入った新人のようで、詳しい事は分かりません」
「……そうか」
家臣の男の返事を聞き、顎に手をやる王様。
「……それで、肝心の奴は今どうしている?」
「はい。今のところ、死亡の報告は来ておりません」
「チッ!」
家臣の報告に、大きな舌打ちをする王様。
「まさか、予定通りに魔族が現れたというのに、生き延びているとはな。忌々しいクソ勇者め! どうやら悪運はそれなりに強いらしいな!」
忌々し気に吐き捨てるように言う王様。
本人はすっかり忘れているが、本来、残念な少年は魔族の討伐という目的のためにアルバの街に派遣されていた。
そして、目障りだった残念な少年が魔族との戦闘で不運にも死亡することを王様達は画策していたのである。
「これからどうされますか?」
元々上手くいく通りもなかったが、魔族が誰かによって討伐された時点で、残念な少年が魔族に遭遇して殺されるという他人任せの計画は完全に破綻している。
これからの事を王様に尋ねる家臣。
「…………さて、どうするかな」
途方に暮れたように虚空を見つめ始める王様。そんな王様を呆れた目で見る家臣の男。
王様に気付かれないよう小さくため息をついた家臣は話し始める。
「ここは一つ、泳がせておいてはいかがでしょうか」
「ん? どういうことだ?」
家臣の言葉に首を傾げる王様。
「本来の目的は、あの勇者を国外に出して、あんな勇者など存在しなかったという事実を作ることです。魔族との戦闘などで死亡することはあくまでおまけでしかありません。ここは、予定通りに勇者は四人であったという確固たる事実を作るために動くべきです」
「……ふむ」
「それに、魔族が討伐されたとはいえ、国外には他にも危険はあります。盗賊や魔物に襲われて命を落とす可能性もあります」
「……なるほどな」
家臣の説明を前にして、考え込むように腕を組んで頻りに頷いている王様。しかし、長年の経験から、半分も聞いていないことを理解していた家臣の男は、王様の態度を無視して説明を続けた。
「―――ですので、このまま放置しておくのが良いと思われます」
「…………うむ、わかった。では、そうしよう」
「は!」
暫くの間続いた家臣の長い説明の後、締めくくる様に承諾の返事をする王様。正直、この場に他の者がいたなら、王様が本当に聞いていたのか疑わしく感じるだろう。
椅子から立ち上がり、部屋に飾られた一つの肖像画の前に来る王様。
「では、漸く、念願であった我が国の栄光を取り戻すために動けるわけだな」
「はい。予定通り、他の勇者達は旅立ちの準備を終えています」
豪華な額縁に飾られた、その綺麗な女性の描かれた絵を眺めながら、王様はボソリと口にする。
「……どうか、天国で見ていてくれ。………………妻よ」
普段の憎たらしい嫌味な態度とは違い、優しそうな眼差しを向けながら、王様は静かに目を閉じた。