エピローグ
「―――あの、少し宜しいですか?」
まだ言い合いを続けそうだった二人の間に割って入り、話しかけてくる一人の衛兵。
「……どうかされましたか?」
「実は、牧師様にいくつか確認したいことがありまして」
衛兵の男の発言を聞き、首を傾げるスケルトン。
現在、秘密裏にずっと魔族の捜索をしていた冒険者と衛兵達は、その魔族が発見され討伐されたという情報を聞き、スケルト牧師の許可を得て教会の中や、地下にあった迷宮を隈なく調べていた。
「あちらの部屋で少しお話を聞かせてもらえませんか?」
「……ええ、構いませんよ」
衛兵の男に促され、ついていくスケルトン。しかし、途中で立ち止まるスケルトン。
「……申し訳ありませんが、少しの間だけ待っていてもらえませんか?」
「ああ、はいはい。行ってらっしゃい」
「………………はぁ」
振り返りながら残念な少年に話しかけるスケルトン。適当に返事をする残念な少年の態度を見ながら、スケルトンは溜め息をついてから衛兵の男を追いかけた。
「……さて、帰るか」
スケルトンが食堂を出たのを確認すると、残念な少年はボソリと独り言を零した。
「え、もう帰っちゃうの?」
その時、いつの間にか残念な少年の傍に立っていた幼い少女が声を上げる。
「ああ。何かよくわからないうちにこんなところまで連れてこられたけど、早く帰ってまたスケルトンを成仏させるためのお祓いグッズを考えなきゃいけないからな」
実は食堂に集まる前、古ぼけた教会の一室で残念な少年がスケルトンの遺産をばらまいた後、その部屋の窓や隙間から漏れ出た閃光をたまたま外で散策をしていた衛兵や冒険者が目撃したためにスゴイ騒ぎになったのである。
また魔族が出現したのではないのかと騒ぐ冒険者や衛兵達は、教会に武装して乗り込んできたのだが、何故か気絶している金貸しの男とみたこともない金銀財宝の山を前にして、状況を理解できずに唖然としてしまう。
そして、その場にいた数少ない常識人であったスケルトンとヤクザ風のシスターの話を聞き、何とか状況を理解した冒険者と衛兵達は、ヤクザ風のシスターに冒険者ギルドでの説明をお願いし、残ったスケルトンたちに食堂で待機するよう頼んでいたのである。
因みに、不当な借金の取り立てを行った金貸しの男と、その護衛をしていたロン毛の冒険者は衛兵に連行されていった。
「でもさ、これ本当に要らないの? これだけのお金があれば多分一生遊んで暮らせるよ?」
宝石のついた王冠を被って遊んでいた冒険者志望の少年が残念な少年に尋ねた。
「ハァ~、ヤレヤレ。いいか、いくらお金があったってな、使い道がなければ意味がないんだよ。よく覚えておけよ。人っていうのはな、分不相応な金なんて手に入れても無駄に消費することしかできないんだ。本当に必要なのは、何時でもその金を創り出せるだけの価値のある手段や技術を生み出すことか、なくても生きていけるだけの力を持つことなんだよ」
普段からは想像もできない様な真面目なことを幼い子供達に向かって説いている残念な少年。異常な光景である。
「それに、これはスケルトンの生前に残した遺産なんだぞ。アンデッドになって甦るような奴が残した物なんだ、どんな恐ろしい呪いがあるかわかんないだろ。こんなバッチイものを欲しがる奴の神経を疑うよ」
「…………」
メチャクチャな理屈を並べながら、まるで虫でも払うようにシッシッと冒険者志望の少年の方に向かって手を振る残念な少年。シュンと落ち込んだ冒険者志望の少年は、俯きながら被っていた王冠を脱いだ。
真面目な空気は長くは続けられなかったらしい。
「……ねぇ、ハルト兄ちゃん」
「ん?」
残念な少年の服の裾を引っ張る幼い少女。不思議そうに首を傾げる残念な少年。
「二人を見つけてきてくれて、本当にありがとう!」
花咲く様な満面の笑みを浮かべる幼い少女。少女の感謝の言葉を受けて、つられるように思わず笑みを浮かべてしまう残念な少年。
「だから前にも言っただろ、俺はかくれんぼのプロだって」
「うん!」
「ホント、助けてくれてありがとう、ハルト兄ちゃん!」
「兄ちゃんが来てくれるまで、すっごい怖かった!」
迷宮で魔族に捕まっていた二人の幼い少年も、残念な少年に向かって感謝を伝えた。
先程まで、各々が財宝を使って遊んでいたにも関わらず、そんな二人の幼い少年のマネをするように、残念な少年に向かって「ありがとう!」と言い始める他の子供達。
残念な少年の周りを囲んで騒ぎ始める孤児達。微笑ましい光景を見ながら忙しく動き回っている冒険者と衛兵達。
魔族の目撃情報と出現。
借金による教会の取り壊し。
行方を晦ました孤児達。
色々と普段の生活ではありえないような事態に見舞われた筈なのに、今、その事態の中心にあった教会にいる人間は全て笑顔になっていた。
まるで下手な作者の描いた御伽噺のように、何とも異常な話である。
「え~い、暑苦しいから離れろ! お子ちゃま共め!」
そんな中で唯一悪態をついている残念な少年の姿は、何故かこの古ぼけた教会の中心にあり、まるで世界が彼を中心に回っているように、最も愉快に映っていた。