本当の脇役と言うのは、忘れた頃にまた出てくる
「―――外だ!」
古ぼけた教会。その横に掘られたスケルトンの墓の中にいた幼い少年は、黒い鉄の扉をくぐると嬉しさのあまり声を上げていた。
「……僕達が入ってからどれくらいの時間が経ってるんだろう?」
黒い鉄の扉から出てきた冒険者志望の少年は、青い空を眺めると、自分達が迷宮に入ってからどれほどの時間が経っているのかを気にし始める。
「……おい、そんなことよりも早く退いていてくれ」
「あ、ごめん」
扉の前でボーッと空を眺めていた冒険者志望の少年に対して、残念な少年は声をかけた。
残念な少年に注意され、扉から離れる冒険者志望の少年。その時、上の方から声が聞こえてくる。
「――――――おーい」
「ん?」
声のする方へ視線を向ける幼い少年。そこには、穴の縁から顔をのぞかせている兜をかぶった兵士の姿が見てた。
「―――おーい、大丈夫か?」
「はーい、大丈夫です!」
なぜか穴の上から声を潜めて呼びかける兵士の男。首を傾げる冒険者志望の少年の横で、その声に反応して大きな声で返事をする幼い少年。
ギョッとした表情になる兵士の男。
「―――シーッ! 声が大きい!」
「ん? どうかしたのか?」
口の前に人差し指を立て、静かにするようにジェスチャーで伝えようとしている兵士の男。
そんな兵士の態度にキョトンとした顔になり、穴の中で立ち往生している二人の幼い少年を不思議に思いながら、扉から出てきた残念な少年。
「! 君たちはやく逃げ…………え?」
「おぉ、前に御者をしてくれた衛兵の人! 久しぶり!」
扉から出てきた人物を見て、慌てた様子で声を上げる兵士の男だったが、その人物の全容を見て間の抜けた顔になる。
黒い鉄の扉から出てきた残念な少年は、穴の上からこちらを覗いている兵士の男に懐かしそうに声を掛けた。
実は、その男は以前、残念な少年が衛兵たちに捕まり兵舎に連行された後、誤解が解けて白髪オーガの許まで馬車で連れて行ってくれた鎧の男であった。
「…………何でこいつがこんなところにいるんだよ」
「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」
急に蹲り頭を抱え始めた鎧の男に驚き、寄り添いながら心配そうに声をかける同じ鎧を着た男。
どうやら、前回、残念な少年に関わったせいで白髪オーガに吹き飛ばされたトラウマがよみがえってしまったらしい。
鎧の男が過去のトラウマで苦しんでいる時に、その元凶の一人である筈の残念な少年は他人事のように首を傾げていた。
「ところで君たち、その扉の先でアンデッドに出会わなかったか?」
蹲る鎧の男を宥めている兵士の男が、残念な少年達に向かって話しかけてきた。
幼い二人の少年は、お互いに目を合わせて不思議そうな顔をしている。
「ああ。それだったら、この先で犇めくぐらい出会ったけど」
「それは本当か!」
黒い鉄の扉を指差しながら答えた残念な少年の言葉を聞き、驚きの声を上げる兵士の男。
「まぁ、一応全部成仏したとは思うけど」
「……へ、成仏?」
頬を掻きながら言った少年の発言に、ポカンとした顔になる兵士の男。
その時、遠くの方から怒鳴り声が聞こえてくる。
「お前たち! 何を遊んでいる!」
「「はっ! 申し訳ありません!」」
ほぼ同時に立ち上がり、やってきた男に向かって敬礼している二人の兵士。どうやら、二人いる兵士の上司にあたる人物のようだ。
そのまま二人の兵士に案内されるように、スケルトンの墓に近づく男は、その墓を上から覗き込み中にいた人物と顔を合わせた。
「よっ! 隊長さん、久しぶり!」
「…………」
片手を上げて軽い挨拶をする残念な少年。穴の上からそれを確認した隊長はまるで眩暈でも起こしたかのようにふらつき、後ずさっていた。
「……何で、また、コイツが現場にいるのだ?」
「我々にもわかりません」
手のひらで目元を覆い、天を仰いでいる隊長。その横で、つい先ほどまで蹲っていた鎧の男がボソリと呟いた隊長の言葉に返事をしていた。
実は、この残念な少年に隊長と呼ばれた男。以前、彼をある窃盗団の仲間であると勘違いし、兵舎にある牢屋に入れて、尋問を行った人物である。
その後、残念な少年の持っていたペンドラゴン王国の紋章の描かれた手紙により身元が判明したため、面倒な騒ぎになったのだ。
正直、隊長と呼ばれた男にとって、残念な少年に対する認識は、疫病神に近い存在と言えるだろう。
「……まあいい。お前たち、その扉の先でアンデッドをみなかったか?」
「いや、だからさっきから遭ったって言ってるじゃんか」
何とか持ち直した隊長は、再びスケルトンの墓を覗き込み、中にいた三人に尋ねた。
その質問に対して呆れたようにため息をつきながら答える残念な少年。
「やはり、報告のあったアンデッドの発生場所はここのようだな」
「報告?」
深刻な顔でボヤいた隊長の言葉に、キョトンとした顔で声を上げる残念な少年。
「そうだ。先程、この教会で幼い少年二人がアンデッドに誘拐されたという情報が届いているのだ」
「え? お前らアンデッドに誘拐されたの?」
隊長の言葉を聞き、残念な少年は横にいた不思議そうな表情をしている二人の幼い少年にすぐさま尋ねた。
「……違うよ、僕達を攫ったのはアンデッドじゃなくて、悪魔」
「……そう。この迷宮に入ってすぐに捕まったんだよ」
「何!」
黒い鉄の扉を指差して言う二人の幼い少年の言葉に、目を丸くする隊長と兵士達。
「君たちは、その扉の先で魔族と遭遇したのか!」
「うん。でも、もうハルト兄ちゃんに成仏させられたからいないよ?」
「え、成仏?」
子供達の吐いた妙な発言に対し、目を点にしてしまう隊長と兵士達。
「それより、衛兵がこんなところで何してるんだよ?」
驚きのあまりマヌケな顔を晒している衛兵に対して、残念な少年がこの教会にいる理由を尋ねた。
「……ああ。私達は冒険者ギルドと協力し、ギルドで報告のあったアンデッドが住み着いているという教会で行方不明になったという二人の孤児の少年を捜索するためにここまで来たのだ」
咳払いをしてから、自分達が教会にやって来た理由を話し始める隊長。どうやら、冒険者ギルドで報告のあった子供達の捜索に関して、ギルドの人間が街の衛兵に協力を要請していたらしい。
「ふ~ん。よくわかんないけど、その捜索依頼のあったお子ちゃまって、多分この二人の事だぞ?」
「何?」
「「…………」」
頬を掻いていた残念な少年は、俯いている二人の幼い少年を指差していった。それに疑問の声を上げる隊長。
「それと、この迷宮に住んでるアンデッドは多分みんな成仏したと思うから、残っているのは教会に住み着いているスケルトンだけだぞ?」
「何だと、やはりこの教会にもアンデッドが住んでいるのか!」
残念な少年の言葉に乗せられて、大声を上げてしまう隊長。残念な少年の横で、俯いたまま何故か顔を両手で覆い始める二人の幼い少年。
「よし。とにかく、お前たちはそこにいる三人を保護しろ! 私はすぐに冒険者達と合流し、ここの監視役を用意した後、教会にいる残りのアンデッドの殲滅に向かう!」
「はっ! 了解しました!」
声を張り上げる隊長の命令に、綺麗な敬礼を決める二人の兵士。
穴の中にいる三人を置き去りにして進んでいく話を前に、『殲滅』の対象にされた骸骨先生の身を案じて、周囲に散々迷惑をかけた後で、この場で間違いを訂正すべきなのかと二人の幼い少年は最後まで悩み続けていた。