滅多に怒らない人ほど、キレたら怖いというのは常識である(スケルトンも含む)
「……まさか、そんなことになっていたとは」
古ぼけた教会にある礼拝堂。先程まで祈りを捧げていたスケルトンは、幼い少女を前にして額に手を置いた。
「ごめんなさい」
「……いえ、謝る必要はありませんよ。元はと言えば、あなた達にまで心配をかけてしまった私の責任なのですから」
俯いて今にも泣きだしそうになっている幼い少女の頭に手を置いて、宥めようとするスケルトン。
幼い少女の口から事のあらましを聞いたスケルトンは、少女の頭を撫でながら、これからどうするべきか考えを巡らせていた。
「……そうですね。まず、申し訳ないのですが、このことを冒険者ギルドにいる方たちに知らせてもらえますか?」
「私が?」
「……ええ」
自分の方を指差して尋ねる幼い少女に、首肯して答えるスケルトン。
「骸骨先生は一緒に来てくれないの?」
「……私はこれから、その黒い扉に入っていった彼らを追いかけねばなりません。ですので、申し訳ありませんが、一緒についていくことはできません」
「でも、病気は大丈夫なの?」
一人で追いかけるというスケルトンの言葉を聞き、スケルトンの体調を心配して震えた声を出す幼い少女。
「……心配はいりません。むしろ最近、物凄く調子が良いくらいですから、安心してください」
「ホントに大丈夫?」
少女を安心させようと優しい微笑みを浮かべて言ったスケルトンに、不安そうな目を向ける幼い少女。
「……ええ。ですから、このことを少しでも早く冒険者ギルドの人達に知らせてください」
「うん!」
スケルトンのお願いに対して、元気よく返事をした幼い少女。その後、スケルトンに背を向けた幼い少女は礼拝堂の入り口まで走って行った。
「……慌てて走ると危ないですよ~」
こんな時ですらどこか間延びした話し方をして注意を促すスケルトン。残念なことに、幼い少女の耳には届いていないらしい。
この時、幼い少女を真剣に呼び止めなかったことをスケルトンは酷く後悔することになる。黒い扉の向こうに消えて行ったという幼い少年達のことで頭がいっぱいになっていたせいで、スケルトンは扉の向こうにある人の気配に全く気付いていなかった。
走っていた幼い少女が礼拝堂の扉の前に辿り着いた瞬間、突然、その扉が吹き飛んだ。
「シャーロットっ!?」
幼い少女の名前を叫びながら駆け出すスケルトン。幼い少女は、扉が吹き飛んだ時の衝撃で吹き飛び、近くにあった長椅子の一つに激突していた。
「シャーロットっ! シャーロットっ!」
気を失っているのか、うつ伏せになったままピクリとも動かない幼い少女に寄り添い、何度も名前を呼び掛けるスケルトン。当然ではあるが、普段の落ち着いた様子からは想像もできない慌て様である。
「さあ、立ち退く準備はできているかな?」
太々しく贅肉のついた胸を張りながら、ロールパンのような変な髪形をした男は豚足の様に短くて太い足を動かして礼拝堂に入ってきた。
その横には、何故か、冒険者ギルドで残念な少年の試験官を務めていたロン毛の姿もあった。
「大丈夫ですか! 返事をしてください!」
礼拝堂に入ってきた二人の存在に気付かず、幼い少女に呼びかけ続けているスケルトン。
自分の言葉を無視されたことに腹を立てたのか、蟀谷に青筋を浮かべる金貸しの男。
「おい、この私の事を無視するんじゃない!」
怒鳴り声を上げる金貸しの男。その声に反応して、ピクリと肩を震わせたスケルトンはゆっくりと顔を上げた。
「………………………………は?」
「ヒッ!?」
普段以上にたっぷりと間を開けてから声を発したスケルトン。その声は彼が今まで出してきた温かみを感じるものとは全く違い、本物の幽霊が発するかのように冷え切っていた。
とても短かったその声は、それを聞いたベテランの冒険者であるはずのロン毛の男が、思わず怯えた声を出してしまう程に怖かった。
瞬きもせずに真っ直ぐにこちらを見つめてくるスケルトンを前にして、急に出てきた脂汗を拭う余裕もなく、金貸しの貴族は唾を飲み込んだ。
「……何の御用でしょうか?」
「あ、いや、えっと。ま、前にも言っていたと思うが、この教会の取り壊しに来た!」
「……まだ、詳しい日程など話し合いがまだだったはずですが?」
「な、何を言っている。今度来るときには取り壊すと言っておいたはずだ」
「…………」
何とか強気な態度で攻めようとしている金貸しの男だが、明らかにいつもと様子の違うスケルトンを前にして、言い淀んでしまう。
ベテラン冒険者としての直感か、先程から、物凄く嫌な予感を感じ取っていたロン毛の男は、その事をアイコンタクトで金貸しの男に知らせる。しかし、それを無視して続けようとする金貸しの男。
「とにかく、今すぐ出ていけ! これからこの小汚い教会を取り壊すのだからな!」
「……申し訳ありませんが、少し待ってはいただけませんか? 実は、この教会で面倒を見ている子供の何人かが―――」
「貴様の言い分などを聞くつもりはない!」
「………………はぁ~」
スケルトンの言葉を遮り、声を荒げている金貸しの男に対して、深い深いため息を吐くスケルトン。
未だに目を覚まさない幼い少女の頭を優しくなでると、スケルトンはまるで幽霊のようにユラリと立ち上がった。