本物のゾンビが出るからといって、ホラーになるとは限らない!
「全く、どうなってんだよここは」
黒い鉄の扉の先。迷宮の奥深くで残念な少年は一人ボヤいていた。
「さっきから行き止まりにばっかり当たるし、そんなときに限ってスケルトンの仲間に出会うし、しかもなんかジメジメした嫌~な空気してるし、住むには最悪な環境だなここ」
レンガのように石を積み上げてできた壁が続いているその内部には複数の通路が存在し、入り組んだ構造になっていたその迷宮の中で、迷子になっていた残念な少年は一人で愚痴を零していた。
天井から降り注ぐ頼りない謎の光源を頼りにしながら、怖がる様子など全く見せずに歩いている残念な少年。そこに、突然妙なうめき声をあげる異形の存在が現れた。
「あ゛ぁぁぁぁぁあぁぁ……」
「……はぁ、またか」
両の手を前にだらりとたらし、のっそりとした動きで歩みを進める腐った人型をした存在。紛れもない本物のアンデッドを目の前にして、残念な少年は溜め息を吐いた。
普通の人間なら恐怖で声を上げる光景を前にしながら、残念な少年は冷静に懐から聖水を取り出すと、それをアンデットにかけた。
「あ゛ぁぁぁぁ……」
ジューッという何かが溶けるような音を出しながら、聖水のかかった部分から煙を出してアンデッドは徐々に消滅していった。
それを黙って見届けた残念な少年は再びため息を吐く。
「全く、お子ちゃま共め。あいつらがスケルトンの墓を隠したりするから、スケルトンの仲間達が怒ってるじゃないか。見つけたら説教しないとな」
的外れなことを言っている残念な少年。実は、残念な少年がこの迷宮に入ってからアンデッドと度々遭遇していたのだ。
どうやら、彼の中では迷宮で出会っているアンデッド達は、教会に住み着くスケルトンの仲間だと思われているらしい。しかし、残念なことにこの場には彼の発言を訂正してくれる常識を持った人間はいなかった。
いつものように両手を肩幅に広げ、首を振るウザい態度を取りながら、残念な少年はボヤいた。
「それにしても、聖水やお清めの塩ってアンデッドに対して効果あるんだな。正直、スケルトンに使っても効果がないから疑ってたんだけど、どうやら、教会に住み着いてるあのスケルトンの方が異常みたいだな」
またも的外れな答えを一人で展開している残念な少年。
再度言っておく、教会に住み着いているのはアンデッドなどではなく、ただ顔が幽霊のように怖いだけの紛れもない人間である。
「「「「あ゛ぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁ……」」」」
「何だよ、今度はまた群れで来たのか」
その後、再び迷宮を探索し始めた残念な少年の前に、アンデッドの大群が現れる。
まともな人間なら気を失っても不思議ではない光景である。しかし、残念な少年は恐怖を感じるどころか、何故か面倒くさそうにしている。
ゆっくりと近づいてくるアンデッドの大群を前にして、腕を組んでから考え込み始める残念な少年。
「なぁ、俺さ、二人のお子ちゃまを探しに来ただけなんだけど。放っておいてくれない?」
「「「「あ゛ぁぁぁあぁぁぁあぁ……」」」」
「いや、『あ゛ぁぁぁあぁぁ』じゃなくてさ、ちゃんと言葉のキャッチボールをしようぜ?」
なぜか意思のない魔物の筈のアンデッドと会話を試みている残念な少年。魔物討伐を生業とする冒険者が見たなら言葉を失うだろう。
「全く、話をする時は相手の目を見て話せって親に教わらなかったのか? スケルトンの仲間のくせにそんなマナーも知らないのか?」
白目をむいていて、偶に明後日の方向を向いたりするアンデッド達に文句を言う残念な少年。正直、碌にマナーも守れていない残念な少年にはアンデッド達も言われたくはないだろう。
「ハァ~、ヤレヤレ。スケルトン用に残しておきたいからあまり使いたくはないんだけどな」
諦めたように首を振った残念な少年は、懐から小さな袋を取り出すと、その中に手を突っ込み謎の球体を出してきた。
野球のボールぐらいの大きさをした白っぽいその球体を手に持って掲げた残念な少年は、アンデッドにまたも話しかけた。
「これは最後の警告だ。無理矢理に成仏させられたくなければ、今すぐにそこをどけ!」
「あ゛ぁぁぁあぁぁぁあぁ……」
「……ハァ~、仲間にも人とのコミュニケーションの取り方を教えとけよな、スケルトンめ。帰ったら文句を言ってやる」
未だにスケルトンの仲間だと思っている残念な少年は、会話の成立しないアンデッドを前にしてため息を溢した。
そして、諦めた様に手に持っていた球体をアンデッドの大群に投げつけていた。
「「「「あ゛ぁぁぁ―――」」」」
数瞬の後、最後の呻き声を上げたアンデッド達は跡形もなく消滅した。一体何が起きたのか、そんな不思議な光景を前にしながら残念な少年は何事もなかったかのように歩き始めた。
「……とりあえず、鏡を持ってくるべきだったな」
独り言を漏らす残念な少年。
この場に、もし良識のある人間が一人でもいたならツッコミを入れていただろう。なぜなら、少年の目元には、どこから持ち出してきたのか、薄暗い迷宮の中では違和感しかない黒いサングラスがかけられていたのだから。