客観的にみて、幼女を泣かして餌付けするというのは絵面としてヤバいと思う
「全く、誰だよこんなイタズラをしたのは」
古ぼけた教会。教会の横に掘られたスケルトンの墓と呼んでいる穴の前に立った青葉春人は一人ぼやいていた。
スケルトンの墓の上には、何故か周囲の地面とほぼ同色の布がかけられており、穴を完全に覆っていた。
「どこからこんな布を見つけてきたのかは知らないが、スケルトンの墓を隠すだなんてバチが当たるぞ」
既に罰当たりなことを散々している筈の残念な少年は、他人事のように言っていた。その時、近くの茂みから人の気配がするのを残念な少年は察知する。
「誰だ!」
「ひゃっ!」
人の気配のした茂みに向かって声を掛けた残念な少年。それに反応して小さな悲鳴を上げた後、茂みの中からゆっくりと幼い少女が出てきた。
「何だ、教会に住んでるお子ちゃまか。そんなところで何してるんだ?」
キョトンとした顔になり尋ねる残念な少年。不思議そうな顔をして見つめてくる残念な少年を前にして、視線を彷徨わせる幼い少女。
何かを言いづらそうにしている少女の態度を見て、残念な少年は何かに納得したように頷いた。
「なるほどな。これをやった犯人はお前かっ!」
「ひっ!」
人差し指を突き付けて大声を上げた残念な少年に、またも驚いて短い悲鳴を上げる幼い少女。傍から見ていると、いい大人がか弱い少女をイジメているようにしか見えない。
「全く。どういうつもりか知らないが、神聖なスケルトンの墓を隠すだなんて、スケルトンの祟りがあっても知らないぞ。これだからお子ちゃまは」
「……ごめんなさい」
誰も埋葬されていないはずの墓の前で、スケルトンの祟りなどとメチャクチャなことを言って幼い少女を謝らせている残念な少年。地球で見かけたなら、完全に事案である。
「反省してるならいい。それで、何でこんなことをしたんだ?」
「…………」
しゃがみ込んで少女と同じ目線になっている残念な少年の質問に対して、俯きがちになり沈黙してしまう幼い少女。
「……だんまりか。仕方がない、スケルトンにでも聞くか」
「! 待って!」
諦めた様に首を振った残念な少年が立ち上がってスケルトンに聞きに行こうとした時、幼い少女が声を上げる。
「ちゃんと話すから、骸骨先生に言わないで!」
「……まぁ、ちゃんと話してくれるなら別にいいけど」
残念な少年の着ている服の裾を掴みながら、懇願してくる幼い少女。なぜか必死になっている幼い少女の態度に首を傾げる残念な少年。
服の裾を掴んでいる少女の手を払い、再びしゃがみ込んだ残念な少年は、暫くの間、話し始めた幼い少女の事情について黙って耳を傾けていた。
「ほぉ。まさか、スケルトンの遺産を見つけるとは」
幼い少女の話を最後まで聞いた残念な少年の第一声はそれだった。
周囲の地面と同色の布をめくり、穴を露出させると、そこには少女の言った通り、より深く掘り返されたスケルトンの墓とその奥に見える黒い鉄の扉があった。
穴の前に立った残念な少年は腕を組んでその黒い鉄の扉を眺めた後、隣にいる幼い少女に話しかけた。
「それで、二人のお子ちゃまがあの扉に入ってから暫く待っても帰って来ないんだな?」
「……うん」
残念な少年の質問に対して、目に涙を溜めている幼い少女はゆっくりと頷いた。
「ヤレヤレ。あれほど働くなと言ってるのに、聞き分けのないお子ちゃまたちだ。そんなに仕事が好きなのか?」
「…………だって」
両手を肩幅に開き首を振る残念な少年。いつものようにウザい態度をとる残念な少年の横で、何か言いたそうにしている幼い少女。
「……だって、お金を稼がないと教会が潰れちゃうもん」
「ふ~ん」
俯いている幼い少女がボソリと呟いた言葉に、面倒くさそうに反応する残念な少年。
「言い訳をするとは、なんとも図々しいお子ちゃまだな」
「適当に生きてるハルト兄ちゃんにはわからないよっ!!!!」
渋い顔をしている残念な少年の態度に、その幼い見た目からは想像もできない大声で反論する少女。正論である。
目に涙を溜めて叫んでいる幼い少女の発言に、全く気にした様子を見せない残念な少年。そのことに余計腹が立ったのか、顔を赤くして目を吊り上げる幼い少女。
「はぁ~、何度も言ってるだろ。お前らお子ちゃまたちのすることは遊ぶことだって。仕事っていうのは、ただ生きてても価値のないオッサンたちがするものであって、お前たちのすることじゃないんだ」
「違うもん! 生活に困ってたら子供でも働くのが常識なの!」
「だから、お金が欲しかったらお小遣いをもらえって教えただろ? 毎日遊んで、大人達からお小遣いと称してお金を巻き上げるのがお子ちゃまのあるべき姿なんだ。そんな常識も分からないのか?」
「そんなのわかんないよ!」
年端もいかぬ幼い少女と言い合いを始める残念な少年。なぜか幼い少女の方が大人であるはずの少年に世間の常識を説いているのが何とも不思議である。
世間の常識を説いているにも関わらず、言い合いは残念な少年の方が優勢のようだ。
頭の可笑しい言い分で言い負かされ、泣き出してしまう幼い少女。
「ハァ~、ヤレヤレ。しょうがないな」
嗚咽を漏らす幼い少女を見つめながら、ため息をついた残念な少年は懐から小さな袋を取り出し、その袋の中から手のひらに乗る位の小さい焼菓子を手に持つと、一瞬のうちに幼い少女の口に向かってそれを押し込んだ。
残念な少年のとった突然の奇行に仰天し、泣くのも忘れて目を丸くする幼い少女。
驚きのあまり目を瞬くと、暫くして口に含んだ固形物の存在に気付きゆっくりと租借し始める。
「美味しい! 何これ!?」
「ふっふっふっ。それは、俺の作った特製のお菓子だ」
楽しそうな声を上げる幼い少女の前で、手に持った焼菓子を見せつけながら胸を張っている残念な少年。
「まぁ、とりあえず、俺は先に行ったお子ちゃま二人を連れ戻してくるから、お前は今すぐにこのことをスケルトンに相談しろ」
「え?」
珍しくまじめな顔になった残念な少年が幼い少女に向かって言った。
「ハルト兄ちゃん一人で大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。前にも言っただろ、俺はかくれんぼのプロだって!」
不安そうな顔をしている幼い少女に、サムズアップを決めて返事をする残念な少年。確かに、不安ではある。
「それに、骸骨先生に相談していいのかな?」
「なんで?」
「だって、骸骨先生は病気だから……」
「はぁ?」
スケルトンの体調を心配して、不安そうに俯いている幼い少女に対して、まるで何を言っているんだとでも言いたそうに残念な少年は訝し気な目を少女に向ける。
「スケルトンが病気になるわけ無いだろ。だって、とっくに死んでるんだから。そんなこともお子ちゃまは知らないのか」
「本当?」
「ああ。そんなことより、お前らの行方が分からないなんて未練を残してたらスケルトンが余計成仏しなくなるだろ? タダでさえ強力なアンデッドなのに。これ以上余計な未練を残させないためにも早く教えてやれ」
「……………………うん、わかった」
確認のためにもう一度言っておく。骸骨先生は死んでもいなければ、アンデッドでもない。
そんなあたり前の事実を無視して、持論を展開した残念な少年は、純粋な幼い少女を丸め込んでしまったようだ。
残念な少年の言葉を信じてしまった幼い少女は、慌てて教会に向かって走っていく。その後姿を眺めながら、残念な少年は不敵に笑った。
「フッ、所詮はお子ちゃまだな。菓子一つで簡単に懐柔されるとは、畜生共と大差ないな」
街中の猫を躾けた時の事を思い出しながら、ニヤニヤと笑う残念な少年。
その後、スケルトンの墓に入り、黒い鉄の扉の前に立った残念な少年は扉に手を置いた。
「それじゃ、とっとと行くとするか」
何とも軽い調子で扉を開けた残念な少年は、薄暗い不気味な廊下をまるで散歩にでも行くかのようにテクテクと歩き始めた。
振り向くことも、立ち止まることもなく廊下を進む残念な少年の後ろで、周りには誰もいないはずの黒い鉄の扉は少年の気付かぬうちに一人でに動き出し、ゆっくりとその入り口を閉めていく。
それはまるで、見えない何かが侵入者を逃がすまいとするかのように……